13 / 21

第13話 夜と昼の間

 瀬島に促されるように店を飛びだすと、鮫島が歌舞伎町の町を歩いていく後ろ姿が見えたので、後を追った。追いながらも鍔木修一の頭の中ではさっきの鮫島の言葉の真意を図りかねてもいた。 「俺は、誰の下ででも働けるわけではない。」 じゃあ、俺とならホストとして働けるというのだろうか?それだけか?もっと期待して良いのだろうか?  煩悶しながらその背中を追うと、大通りの1ブロック前で鮫島はふと止まって振り向くといつもの刺すような視線を鍔木に向け、距離を縮めてきた。 「早く歩けよ。アンタが追いつけるようにゆっくり歩いていたんだぜ。じれってぇなぁ。」 「いや・・・あの・・・。」 ちょっとムッときたのだがここで下がってはかつての歌舞伎町のナンバーワンホストだった自分の名がすたる。 言いかけた言葉を飲みこみすっと背筋を伸ばすと 「マイペースで悪かったな。」 とだけ答え、ほとんど無言のまま肩を並べて歩いた。 行きついた先は駐車場だった。歌舞伎町の一角にある、地上げした後の土地に出来たその空間には合計するとその土地の値段をはるかに凌ぐであろう高級車がズラリと並んでいた。ネオンのなかで黒光りするベンツ560SEL/AMGチューンナップが周囲を威圧するように飼い主の登場を待っていた。 「AMGなんて都内じゃ力の出しようがないだろう。いったい何キロ出るんだ?」 「さぁな。メーター振り切ったらマッハを超えるかもな。」 そう言って運転席のドアを開けて滑りこむように乗ると「助手席のドアは開いてるぞ。早く乗れよ。」 「あ、ああ。」 鮫島のペースにすっかり乗っていることが面白くないが、今自分にはボールが渡っていないようだ。  新宿の喧騒を5分も離れると信濃町から外苑の緑深い静けさを車は音もなく走り、ほどなく鮫島のマンションに到着した。マダムに買ってもらったそれは高級マンションの立ち並ぶその一角でもかなり立派な作りで、そのペントハウスが鮫島のプライベートな空間だ。  部屋の中は彼らしいこだわりなのか、北欧のデザイン家具でスッキリと統一されている。鮫島はソファを勧めると自室か台所にいったようで、待つ間鍔木はなんとなく落ち着かないで部屋の中を見まわしていた。 ブランデーやコニャックの並ぶ小さなガラス棚があって、その上の壁にかかっている1枚の絵に目を止めた。良く見ようと近づくと、菜の花畑だろうか。柔らかい色調がリビングの雰囲気と比して場違いな感もあったが、なんとも和む絵だと眺めていた。 「落ち着きねぇな。ヤバイことはしないから落ち着いて座っていろよ。」 鮫島がミネラルウォーターの瓶とグラスを手に戻ってきた。スーツを脱ぎ、くつろいだ姿にも隙がない。 「イイ絵だな。すごく和む、というか・・・なんとも優しい絵だな。」 「そうか。俺が描いたんだ。」 え?と驚いて振りかえると鮫島は既にソファに腰かけて水を飲んでいた。こんな趣味があるなんて意外であった。 「水でいいか。俺は仕事以外では飲まないんだ。」 「じゃあ、あのコニャックは?」 「飾り。」 これも意外であったが、オフにはジムで身体を鍛え、食事にも気を使っていることは知っている。ギリシャ彫刻のように鍛え上げられた身体をサウナやロッカーで見て鼓動が早まったことが何度あったことだろう。  「店空けて、悪かったな。」 コポコポと音をさせてミネラルウォーターをグラスに注ぐと鍔木から目を逸らすようにして切り出した。 「いや。」 鍔木はどっちとも取れるような生返事をした。 いままでにも歌舞伎町の有名なホストクラブから引きがあっても絶対応じなかった男がひょいとついて行く気になったことを責めるつもりはなかった。 「最初に話があった時・・・ヨーロッパに行けば、絵の勉強ができるかもしれないってまず思っちまったんだ。やっぱり、本場でナマの作品を見て刺激されたいな、って。」 「俺にはよくわからないけれど、そうかもしれないな。」 「だがな・・・。」 「だが?」 「・・・・・・。」 鮫島はそれ以上言葉を出そうとしなかった。鍔木もそれ以上尋ねることがはばかられて、黙って冷えた水を飲んだ。 (いづらい雰囲気だな。) 咽喉元を水が通る音までもが響いてしまいそうでなんとなく困っていると、鮫島がすくっと立ち上がり鍔木の手を取って「ちょっと来いよ。」と促した。  新宿の高層ビルの灯りが見渡せるその一室に入ると鮫島は部屋の照明を明るくした。そこにはイーゼルと何枚かのキャンバスが、あるものはラフスケッチで、あるものは彩色をほどこされて無造作に立てかけてあった。 「すごいな、これジュンが全部。」 「ああ、ヒマしのぎだよ。」 誘われるように部屋の中を見回し、窓に程近いところにあるイーゼルの所へ来ると鍔木はドキリとして歩みを止めた。 「ジュン、これは・・・。」 「それが、俺を歌舞伎町に戻した理由だよ。」  そこに立てかけてあったのは、1枚の素描で、モチーフは、店のカウンタのスツールに腰掛け佇む鍔木本人だった。 頬杖をつくその姿はどこか物憂げで、自分の絵に対する感想とするには恥ずかしいのだが色気があって、正直格好イイ出来栄えだった。 「これは、俺か?」 「そうだよ。フロアからアンタを見て、いつも見て・・・ここに戻ると自分の心に浮かぶサマを・・・な。」 「!」 背後に立っていた鮫島の距離がぐんと近くなり、その体温の熱さを感じたのは鮫島が鍔木の背後から腕を回してそっと抱きしめてきた時であった。 「どこの店から移籍金を積まれても俺が絶対動かなかったのは・・・支配人、アンタの傍にいたかったからだよ。」 「オマエ、まさか・・・。」 「かつての歌舞伎町のナンバーワンの口説きを拝聴したかったのに、テメエのことになると鈍いんだな。」 振り向くと言い終えないうちに手が顎をすっと持ち上げるようにすると唇を重ねた。少し薄い唇の間から暑い舌が鍔木の口腔を湿らせ、舌の動きが強くなるのにあわせるように抱きしめる腕の力が強くなったので鍔木は思わずうめくように吐息をもらした。 「好きだった・・・ずっと。ジュンの気持ちを聞きたかった。本当は引き止めたかったんだ・・・。」 「やっと言ったな。・・・帰ってきて、良かった。」  「ま、待てよ・・・俺まだシャワー・・・んあっ。」 鮫島の唇が鍔木の鎖骨をカリッと噛んだ。その甘い痛みに鍔木は立っているのがやっとだった。鮫島はおもむろにチノパンツのジッパーを下げると鍔木の手をそこへ導いた。 「触って。俺、こんなになっているよ。」 既に力を得たその部分は硬く立ち上がり、鍔木が恐る恐る触れるとビクリと反応した。 その動きが促すままに巻き付いた指を上下させるととうめくような声をあげた。 「なぁジュン、ベッド行こう・・・。」 自分のポートレイトがこちらを見つめているのがどうにも決まり悪くて誘うと 「そういう誘いかけるんだったらイヤはなしだぞ」 と言って隣の部屋に入っていった。  180センチを超える長身を横たえるのはキングサイズのベッドだった。カモミールのアロマオイルの柔らかな香りがする。鍔木が振り向くと鮫島は服を脱いで黒いビキニ姿だった。サウナで何度も見慣れていたはずなのに、神の創造物として間違いなくmasterpieceであろう均整のとれた身体を見ると無性にドキドキしながらタイを外し、シャツを脱いだ。 「相変わらずいい身体だな、支配人。」 「支配人は止せよ・・・シュウで、いいよ。」 どちらからともなくベッドに横たわると唇を重ね、舌を絡めあいながら身に残っている布を剥ぎ取った。 脚を絡めるようにしながら鮫島が鍔木の身体にのしかかると、屹立するお互いの部分が触れ合い、今までにないような刺激が背骨を走った。 「すげー、俺興奮する・・・。」 少しでも刺激を強めようと鮫島はわざと腰を押し付けるように動かす。 耳朶を甘噛みし、首筋を辿り、胸の飾りをちゅぱちゅぱと音をさせて愛撫すると既に露で濡れ始めている先端が擦れる度に淫靡な音をさせた。 「ジュン・・・すげー、たまんねぇよ・・・。」 鍔木の声は余裕がなくなってきていて、息をするのも惜しいほどに唇を求める。 鍔木が身を起こして鮫島を口に含むと鮫島は背中を仰け反らせるようにして「うあああっ」と声をあげ、鍔木の頭を押さえ込むようにしてその愛撫に酔った。店のフロアから、タバコを口にくわえる支配人をみて、自分のモノをあの口に挿れたいと何度ももの欲しそうにみていたのだ。 それが今現実に目の前で起こっている。 「待てよ・・・うぉっ・・・俺にも、ヤらせろよ。」 鮫島が体勢を変えると鍔木の脚の間に割り込むような形を取って、その間で堅くそそり立つ雄を舌で追った。 「うっ・・・うぁぁっ。」 鍔木のうめき声が口の中に溢れそうになっている鮫島自身を刺激する。もう、このままでは果ててしまいそうだ。 身体を離すと鍔木を組み敷き、「もぅ挿れさせろよ。」と囁いた。 鍔木の身体が緊張で少し強張る。すると、鮫島は何度となくキスを繰り返して緊張を解きほぐしながら、指で少しずつ入り口をこじ開けようとした。深みを増すごとに鍔木の身体が緊張し、そうすると鮫島が深く口づけてそれをほぐす。 「ダメだ、俺マジもたねぇ。」 呟くように言うと鮫島は鍔木の長い脚を持ち上げ、その支点となる部分に己を突き立てた。 「うあぁっ・・・。」 「バカ、締めるな。千切れそうだ・・・待てよ、奥まで挿れたらラクになるから。」 慣れない感触に全身を強張らせる鍔木に抗うようにゆっくりとしかし力強く己をめり込ませる。 「ジュン・・・ヤメろ・・・ぐはっ・・・うっ・・・。」 うめき声とも喘ぎ声とも取れないような声を発していたが根元まで挿ると満足感なのか深呼吸をした。 「すげぇ・・・シュウの中。たまんねぇよ・・・うっ・・・。」 ガマンできないというかのように鮫島が荒っぽく腰を動かすと痛みとも快感ともつかない痺れが鍔木の全身を覆った。 肉が当たり、パンパンという乾いた音がして、粘膜の淫靡な音がそれにかぶさる。 「ジュン・・・止めろ・・・うあっあああっ・・・。」 「もうダメだ、俺もぅもたねぇよ・・・シュウ・・・。」  「大丈夫だったか?」 二人ほとんど同時に達してしばらくは身動きが取れなかった。やっとのことで鮫島が起き上がってタバコを取ると一本鍔木に渡して火をつけた。 「マジ壊れるかと思ったぞ。優しくしろよな。・・・今度は俺にも犯らせろ。」 「ああ、ヌード描かせてくれたらな。」 (マジ可愛くねぇ、コイツ。) 鍔木はちょっと憮然としたがこれも惚れた弱みだしかたがない、と苦笑いをして傍らの青年の頭をくしゃっとなでた。

ともだちにシェアしよう!