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第五章・7

『お前の事など知らん』 『冗談はよせ』  そんな返事を待っていた。  いいのだ。  その言葉の裏側に、ちゃんと愛情が潜んでいるのは解かっているから。  だが、ヴァフィラの返事は思いがけずしおらしいものだった。 「そうだな。好きだ、ルドーニ」 (え?)  ルドーニは焦った。  こんな返事は想定外だ。  うるんだ瞳で見上げてくる、ヴァフィラ。    だめだ、ヴァフィラ。  そんな眼で見つめないでくれ。  なけなしの俺の理性が、はじけ飛んでしまうじゃないか。  そっと閉じられる瞼。  だめだ、ヴァフィラ。  ここで口づけると、そのままこの美しい体をむさぼってしまうじゃないか。  一ヶ月以上、酒も煙草も女も絶って動き回っていた。  禁欲を一気に解くと、ヴァフィラにひどい事をしてしまいそうだ。  汗と埃に汚れた体を、美しいその肌に重ねることもためらわれた。

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