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第十一章・5

 花が無い。  花が飾られることが、一度もない。  神殿はこれだけ美しいバラ園に囲まれていながら、そのバラを私宅へ持ち込むことが無い。 (先代のニコルスは、いつもお茶する時にはバラを飾ってたけどなぁ)  まだ幼い魔闘士候補生だったルドーニは、時折イジェスの言いつけでニコルス宅へ使いに出されることがあった。  そんな時、ヴァフィラと共にお茶を楽しんでいるニコルスに、ご馳走になることが密かな楽しみでもあったルドーニ。  大好きなヴァフィラの隣に座り、優しいニコルスの話を聞き、お土産に持たせてもらっていたのは、その時いつもテーブルに飾ってあったオレンジ色のバラ。 「よかったら、飾っておくれ」  そう言って大きな布に、丁寧にくるまれたニコルスのオレンジ色のバラを、大切にイジェスに渡した事が何度でもあった。  オレンジ色のバラがもたらされた日はイジェスも随分とご機嫌で、食卓に飾ってふだんよりちょっぴり豪勢な食事を用意したものだ。   先ほど、イジェスとオレンジ色のバラの取り合わせを懐かしく感じたのは、こういういきさつがあっての事だった。 「ヴァフィラはさ、花を飾ったりはしねえの?」  何気なく口にした一言だったが、それは二人の間に波紋を作ることとなった。

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