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第十一章・18
硬直して動けないヴァフィラ。
ルドーニの背中に、ぐっしょりと汗が噴き出してくる。
沈黙に耐えかね、ルドーニは茶葉に湯を注いだ。豊潤な、紅茶の香りがぱっと広がってゆく。
カップとソーサーを準備する音は、聞きなれていた澄んだ磁器の音。
眼で、嗅覚で、聴覚で、ヴァフィラの体はいっぱいになった。
ニコルスの思い出で、いっぱいになった。
だが、眼の前に繰り広げられている光景は、まぎれもない現在のもの。
ここに、ニコルス先生はいないのだ。
「座って。お茶、入れるから」
茫然とした心地のまま、椅子に掛けた。
紅茶の入ったカップが、静かに前へ出されてくる。
ハーブティーではない。
まぎれもない、紅茶。
ニコルスが愛した紅茶だ。
混乱する頭を鎮めようと、一口飲んだ。
久しぶりの紅茶の味。
あの頃と変わらず、ヴァフィラの心を温かく満たしてゆく。
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