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第5話(陽太の章)

「知っていること全部説明しろっ!」  陽太は大声で男に詰め寄った。  男に連れてこられたのは「テナント募集」の色あせた看板が掲げられた廃墟寸前のビルの一室だった。事務机が2つと昭和の香りが漂う合皮の応接セットがあるだけの寂れた事務所。   「どこまで知ってる? 自分が魔法使いってことはわかってるよな?」  男はソファーにどかりと座り込むと、灰皿を引き寄せてタバコに火をつけた。 「はっ? 俺は魔法使いじゃないっ! まだ17歳だしっ、それに童貞でもないしっ!」  大体、さっき、やってるところに踏み込んできただろっ!と続けたい言葉をかろうじて飲み込む。そういえば、委員長も魔法使いがどうのこうのと言っていた。  突然、笑い声があたりに響いた。男が陽太の言葉に破顔して涙を流して大笑いしていた。強面の見かけからは想像できない。 「お、お前、面白いなっ! ひっ、ひっ」  声にならないうめき声をあげている。 「なんだよっ、そんなに笑うことはないだろう! わかるように説明しろよっ! 魔法使いって、本当の魔法使い? そんなのいるわけないだろ? 頭、大丈夫??」  男の笑い声に、つい、恨みがましい声がでる。  男は、すっと笑みをひっこめ、刺すような眼差しを陽太に向けた。 「親から聞いていないのか? 魔法使いの能力は親から子へ受け継がれる。普通は親が子供へ説明するはずだが……」  男は顎を擦りながら、独り言のように呟いた。 「親? 俺の親は両方とも健在だよ。 ごく普通の気のいいおっちゃんとおばちゃんだよっ! 魔法使いなんて話、聞いたこともない」 「俺は、誠実の誠と書いてマコト、お前と同じ魔法使いだ。妖魔より先にお前を見つけ出すために組織から派遣された。それにしても間一髪だったな。あと1分でも遅かったらお前の魔力に引き寄せられた妖魔に捕まっていた」 「妖魔って! あの時入ってきたのは委員長だし……」 「あの男は妖魔だよ。妖魔は魔法使いを捕まえて魔力を吸い取る。あいつらは鼻が利くから魔法使いが魔力を放った途端、匂いを察知する」  不思議そうに眼を見開いた。 「本当に何も知らないのだな。よく今まで無事に過ごせたな」  ゆっくりと、タバコの煙を吐きながら言葉を続ける。 「魔法使いが妖魔に狙われているのは理解できたか? 具体的にどうやって身を隠すかというと、バリアで妖魔の目を欺く。魔法使いは自分のために力は使えない。だから互いにバリアをはりあうんだ。例えば、俺はお前のためにバリアをはり、お前は俺のためにバリアをはる。自分で自分のバリアははれない。だから、単独で身を隠すことは出来ない。絶対に妖魔に見つかる」 「えっ? じゃあ、俺は?」 「お前の母親は魔法使いだが父親は普通の人間だ。魔法使い以外の人間との間に子をなすなんて普通はありえない。案の定、お前の母親は、すぐに妖魔に捕まって消滅してしまった。お前も一緒に消滅したと思われていたが、妖魔の動きがおかしくて様子を探っていたら、どうやら生きているらしいということがわかった。それで、ずっと探していた。魔法使いは今は数が少なくて、世界中で数えるほどしかいない。みんな組織に所属して助け合ってる」 「え、俺の両親は……」 「あれは、本当の親ではない。ルートは不明だが、母親の消滅後、すぐに引き取られたようだ。縁もゆかりもない人間だったから、お前を探すのに苦労した」  そんな荒唐無稽な話、信じられるはずがなかった。  いきなり現れた見ず知らずの人間に、自分が魔法使いで、本当の両親ではないなんて言われて、素直に信じることが出来る人間がいるなら会ってみたい。 「魔法で妖魔をやっつければ? 簡単な話じゃん??」 「さっき、説明しただろう? 魔法使いは自分のためには力を使えない。それに魔法は特別。本当に愛する人にしか魔法をかけることが出来ない。それに……」  タバコを灰皿に押し付けて消すと、まっすぐに陽太の目をみた。 「魔法をかけた瞬間に魔法使いは消滅する。魔法は人生で1回しか使えない」 「な、なんだよ、それ。全然、使えない能力じゃんっ! ちっとも美味しくない」 「そんなものだよ。魔法使いは、奉仕の存在なんだから」  陽太は、ずっと気になっていたことを尋ねた。 「俺の魔力に妖魔が引き寄せられたって言ってたけど、魔力って何? あの時、魔力なんて使ってなかったと思うけど」 「魔力は、普通の人間でいうところの精力。つまり、お前の精液? ザーメン? スペルマ? 言い方はいろいろとあるだろうけど、とにかくそれに妖魔は反応する。という訳で、オナニー禁止な。どうしてもやりたかったら、俺に言え。バリアをはってやるから」  魔法使い以外の人間との子作りがありえない理由がわかった気がした。  ちっとも信じることは出来なかったが、誠の説明は一応、筋が通っている。 「俺、今まで、普通にオナニーしてたけど……」 「それ、不思議なんだよな。なんでだろう? 余韻が残っているから、誰かがお前にバリアをはっていたのは間違いない。でも、この近辺に魔法使いはいないし……」 「え、いないの? 陵は? 陵は魔法使いじゃないの?」  陽太は陵のことが気がかりだった。  神隠しについて何かを知っている様子だったから陵が無関係のはずがない。  もし、陵が魔法使いなら辻褄があう。 「違うよ」 「例の神隠しって妖魔が犯人でしょ? じゃあ陵は?」 「多分、お前と間違えたんだろう。バリアが完全に消えるのは1ヶ月かかるから、今までの被害者はみんなそのくらいで解放されたのだろう。今回は、お前が魔法使いだってバレているからすぐに解放されるはず。 あ、そうそう、家に帰るのは禁止な。このまま組織の本部に連れて帰るから」 「ええっ!」 「当然だろ?」  誠の話が本当ならば、その主張は理解できる。  委員長が妖魔であれば、陽太が魔法使いだということは当然知られてしまっただろう。  このままここに留まれば捕まるのは時間の問題だ。  問題は、その話を信じてもいいのかということだ。この男を信用していいのだろうか? 「自分が魔法使いということも、あんたが魔法使いということも信じられない。証拠をみせて欲しい」 「証拠ねぇ……じゃあ、バリアなしでオナニーしてみる? すぐに妖魔が駆けつけてくるよ」 「わかったよ、やってやろうじゃないのっ!」  といったものの、やろうと思ってすぐ出来る訳ではなかった。  陽太は、気分を盛り上げてその気になるものを探したが思い浮かばなかった。  それを察知してか、誠がニヤリと不敵な微笑みを浮かべながらにじり寄ってきた。 「ほら、手伝ってやるよ」  陽太をソファーに押し倒すと、ズボンをパンツごと一気に引き下ろした。  そして、ポケットからチューブを取り出し、手早く窄まりに塗り付けた。 「え、何?? 俺、そっちじゃないし、やめてくれよ。っていうか、男とやったのもさっき初めてだし」 「大丈夫、指だけだから。前立腺マッサージで、手早く確実に出してやるよ」  同意も納得もしていないのに、太い指がクプリと窄まりに入ってくる。すごい圧迫感に涙が滲み出る。 「うっ、うっ、やめて。気持ち悪い。む、無理だから……うっ」  全然、気持ちがよくないはずなのに、内側から与えられる刺激に声が上擦る。  覚えのある感覚が陽太の体の中心に広がり始めた。 「お、反応してきた。さすが若いね。よしよし、前も扱いてやるから、さっさと出しちゃって」  大きな手に不似合いな繊細な動きに陽太のペニスは一気に硬くなった。  誠は、ほとばしる先走りを陽太のペニス全体に塗り付けるように大きく擦りあげた後、ぴちゃぴちゃと水音を響かせなら小刻みに扱いた。  その動きと連動するように、窄まりに差し込まれた指も前立腺のしこりを擦りあげるように前後されると、まるで自分の窄まりを自分で犯すような錯覚に陥り、陽太は瞬く間に吐精してしまった。  誠は掌のそれをタオルになすり付けると窓から放り投げた。タオルはちょうど目の前の空き地の植え込みにひらひらと落ちた。 「今からバリアをはるね。えっと、俺にもバリアはれる? やり方わかる? イメージは風船の中に入る感じ」  言われた通り、巨大な風船を思い浮かべ、その中に誠を入れる。 「うん、上手い。それでOK。一発でできるなんて凄い」  陽太は無事にバリアをはることができ安堵した。そのまま誠とともに窓にへばり付いて、息をひそめてタオルを凝視する。  すぐに、2、3人の人影が現れて植え込みの周りを何かを探すようにウロウロし始めた。  やがて、タオルを手に取ると何か相談を始めた。距離があるので顔は見えなかったがそのうちの一人が委員長だということはわかった。 「これで、証明できただろ?」  勝ち誇ったように見下ろす目に、これ以上、反論できず陽太は唇をかんだ。 「わかった。その組織の本部とやらに行く。でも、もう少し待ってほしい。ちゃんと陵が帰ってくるのを見届けたい」  陵は今、どこで何をされているのだろう。  朝、ちゃんと起きれているのだろうか。  食事はとれているのだろうか。 「別にここで待つ必要ない。その陵って子が無事に帰ってきてから、あらためて会いにくればいいだろう?」  陵とのあの他愛もない日々がもう永久に帰ってこないのだと考えるだけで、心臓をぎゅっと掴まれたような、胸を潰されるような、今まで感じたことのない痛みが陽太を襲った。  陵に会いたいと陽太は心のそこから思った。

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