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第7話(陽太の章)
「明日の朝、ってもう今日だけど、日本支部でメンバーと顔合わせをして、それからアメリカの本部に行くから」
寝支度をしながら誠は事もなげに言った。
いつもは事務所のソファーで寝ているらしいが、ここに男二人はさすがにツラい。
近くのビジネスホテルのツインに宿泊することになった。
深夜ということもあり、隣のベッドからすぐに寝息が聞こえてきた。
陽太も普段なら寝ている時間だったが、今日一日、色々なことがあり過ぎたせいか、目が冴えて眠ることが出来ない。
――気を落ち着かせるために夜風にあたろう。
陽太は、そっと部屋を抜け出した。
気の向くまま歩いていると、いつの間にか自宅の前に来ていた。
中に入るか迷っているところに、千鳥足の父親が帰ってきた。今日も接待だったのだろう。
「お帰りなさい」
父親に声をかけると、ひどく驚いた顔をされる。
「どちらさまですか? うちに用?」
酔っぱらうにも程がある。ちっとも笑えない。
「お父さん、何を言ってるのっ?」
「はぁ? お父さん?? 我が家には子供はいないけど。いい加減にしないと警察を呼ぶぞっ」
本当の親子ではないという誠の言葉がよみがえる。
もう、ここは自分のうちではない。早く立ち去らないと……と、思うのに足がブルブルと震えてうまく動かない。
このままでは本当に通報されてしまう。それだけは避けたい。
「おじさん、こんばんは。この子、俺の友達です。嫌だなぁ、隣と間違えた? こっちだよ」
振り返らなくてもわかる。ずっと会いたいと探していた声。
肩に陵の手を感じた途端、金縛りから解けたように、足が意思に従って動きだした。
言いたいことは山ほどあった。
聞きたいことも山ほどある。
でも、一番したいことは……陽太は、家に入ると同時に、陵を思いっきり抱きしめた。
もう、離さない。どこにも行かせない。
その勢いのまま、どちらからともなく口づけを交わす。
玄関の扉の前。靴もまだ脱いでいない。
今日一日で、父親も母親も失った。
友達も失った。
日常も失った。
今まで、当たり前にそこにあったものを全て失った。
でも、陵は帰ってきた。
陵さえいれば、それでいい。
陽太には、それで十分だった。
陵の舌が、陽太の口腔を弄る。
まるでそこだけ独立した生き物のように、我が物顔で陽太の粘膜を犯す。
そのネットリとしたビロードのような生き物は、思う存分陽太の口腔で暴れた後、今度は陽太の舌を捉えて陵の中へと誘い出してきた。
陽太は、誘われるまま陵の口の中へ自分の舌を差し出す。
陵の舌の動きを反芻しながら、正確に再現する。
唾液を交換しながら互いの口腔を犯しあう、そんな長い口づけは永遠に続くかのように思えた。
背中に回されていた陵の指が、ゆっくりと表面を這いながら陽太のズボンのボタンに移動してきた。
夢中で陵の唇を貪っていた陽太は、我に返った。
ダメだ。これ以上進むことは出来ない。バリアをはらなければ、妖魔が匂いを嗅ぎつけてやってくる。
――うわっ、なんで、俺は陵とキスしてるんだ??
急に冷静になった陽太は、陵の体を引き離した。
慌てて、唾液にぬれる口元を袖で拭う。
「陵、今までどこにいたんだよっ! 体は大丈夫か? ちゃんと記憶あるのか?」
陵は黙ったまま、じっとこちらを見返す。
「陵? 聞いてる? ひょっとして、状況わかってない?? お前さ、覚えてないかもしれないけど、神隠しにあったんだよ。えーと、それで、神隠しにあったヤツは性に奔放になるらしい。あっ、えーと、今のキスもその影響だから気にするなよっ! 俺も今日はなんかおかしくなってて、歯止めがきかなくなってるし……ごめん」
きっと、今さっき解放されたばかりなのだろう。
神隠しの間の記憶はなくなっているはずなので、簡単な説明と先ほどの濃い口づけの言い訳をする。
本当はいろいろと聞きたいことがあったけど、今の陵は何も覚えていないし、余計なことを言って不安にさせてもいけない。
それにしても、今までの被害者のように、陵も夢精に苦しんだり、夜な夜なクラブで淫らな行為にふけるのだろうか?
ストイックな、禁欲的な雰囲気を漂わせる「氷の王子様」の陵からは想像できないことだった。
「陽太、俺とエッチしよう」
陵が再び、陽太のズボンのボタンに手を掛けながら言った。
「ええっ! だから、お前、今おかしくなってるだけだからっ! 絶対に後悔するってっ!」
本当は陽太も陵とセックスがしたかった。
陵を見た瞬間から、ムラムラと体の中心から生み出された疼きが、全身に広がっていた。
「陽太、こんな状態で我慢できるの?」
陵は陽太の股間をズボンの上からスッと撫で上げた。
そこは、当然ながら先ほどの口づけで苦しいほどに固く張りつめていた。
「!!」
ズボンと下着を一緒に引きおろすと、躊躇いもせずに陽太のペニスを口に含んだ。
陵に口淫されている、そう思うだけで、ただでさえ張りつめていたものが、あっけなく限界を迎えそうになる。
ガチャ
急に玄関の扉が開いた。
――しまったっ! まだ、射精してないけど先走りで妖魔がやってきたのかっ!!
振り向くと、そこに立っていたのは誠だった。
「陽太から、離れろっ!」
誠は、膝立ちをしながら陽太の下半身に顔をうずめている陵を、顔色を変えて引き離した。
「汚らわしい妖魔めっ! 陽太、逃げるぞ!」
妖魔?
誠は勘違いしている。
陵は妖魔に誘拐された被害者だ。
「妖魔? 俺は妖魔じゃない」
誠の言葉に、陵が唇の端をあげた皮肉めいた笑いを浮かべる。
「俺は魔王」
なんだ、それ? まおう?
陵は妖魔に捕まっておかしくなってしまったに違いない。
意味不明の言葉を呟いている。
「新しい魔王が生まれたって聞いたけど、お前のことか。今、ここでお前を始末したいが道具がない……」
誠は悔しそうに吐き捨てると、陽太の腕を掴んで陵の家を出た。
もうすっかり、空は白み始めていた。
誠に引きずられるように歩きながら、父親に忘れられていたことなどすっかり抜け落ち、陽太の頭は陵との変わりゆく関係のことで占められていた。
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