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第8話(陽太の章)
夜明け前の静まり返った空気を、ブルルと新聞配達の原付のエンジン音が揺らす。
暦の上では初夏だというのに、朝はまだ肌寒い。
こんな時間にこんな所にいるのは、自分たちと新聞配達員ぐらいだろう。
無言で足早に歩く誠を追いかけながら、陽太は思った。
誠は不機嫌さを隠そうともせず、だんまりを続けている。
「あのさ、逃げ出すとかそういうつもりはなくて、ちょっと散歩するだけだったんだ。心配かけてごめん。わざわざ、探しに来てくれたんだろ?」
聞こえているはずなのに、振り向きもしない。
「俺もさ、色々なことがありすぎて、いっぱい、いっぱいなんだ」
同情を引くように、言い訳する。
「急に、実は魔法使いで、しかも妖魔に狙われてるとか言われたり、友達と思ってたヤツが妖魔だったり。挙句の果てには、朝は普通に父親だったのに夜にはすっかり忘れられて他人だし……」
誠は急に立ち止まって振り返った。瞳が怒りに燃えている。
「あいつとのことは、認めない」
「え??」
「幼馴染みだか、恋人だか知らねーけど、あいつは俺らの敵だ」
陽太はぎょっとして誠の顔を見つめた。
「陵は恋人とかそんなんじゃないし。あれはお互いに変になって、ムラムラしてやっちゃっただけで……」
陵にフェラチオをされている現場に踏み込まれたのを思い出し、羞恥で顔が赤らむ。
誤魔化すように、早口で捲し立てる。
「てゆーか、魔王にしても、妖魔にしても、魔法使いと普通に共存できるんじゃねーの?」
妖魔は魔法使いの魔力、つまり精液を吸い取るだけ。
別に、痛いことをされるわけでも、命が危険に晒されるわけではない。
「共存なんて出来るわけない」
誠は唇を噛みしめて睨み付けた。
激しい口調とは裏腹に、まるで泣くのを堪えているような表情に陽太は驚いた。
飄々として、余裕綽々の普段の姿からは考えられない。
「俺の恋人は妖魔に殺された。お前の母親だって、妖魔に殺されたのを忘れたのか? 俺はあいつらを絶対に許さない」
苦しそうに顔を歪めた。
「俺の恋人は、あいつらに捕まって、来る日も来る日も、凌辱され続けた。やっと、監禁場所がわかって、たどり着いたときには……」
唇がわなないて、声が震える。
「……間に合わなかった」
それ以上、誠の顔を直視することは出来ず、陽太はプルプル震える拳を見つめ続けた。
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