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第9話(陽太の章)
魔王の正体が判明したことにより、主要メンバーはアメリカにある組織本部に呼び出された。
今後の対策を練るためだ。
それにより、東京支部で行われる予定だったメンバーとの顔合わせは延期となった。
結局、昨夜は一睡もしていない。
陽太はごろりとベッドに横になると、すぐに深い眠りに落ちた。
夢の中で、陽太は白い布を巻きつけたギリシャ神話に出てくるような服を身に着け、部屋の中をウロウロと行ったり来たりしている。
部屋にはもう一人男がいる。顔は薄ぼんやりしていてはっきりしないが、陽太と同じような布を巻きつけた服を着ている。
ただし、白ではなく黒だ。
酷く心が乱れていて、その男に怒号をあびせていた。
「どうして、わかってくれないんだ? お前は弟だ。誰よりも大切に思っているが、兄弟では愛し合えないっ!」
言葉が届ないもどかしさに、苛立ちが募る。なぜ、この思いが伝わらない?
「兄さんを愛している。もう、自分の気持ちを抑えることが出来ない」
男は叫ぶように吐き捨てると、まるでタックルをするかのように背後から馬乗りになった。
不意を突かれたため、胸を床に強打する。
痛みに朦朧となる。その隙に、裾から男の指が滑り込んできた。
ぎゅっと力強く陰嚢を握りしめられ、後ろの窄まりに男のペニスをあてがわれる。
「痛っ! やめてっ! うわぁっ」
思わず、声がでる。
誰も受け入れたことがない蕾は固く閉じられている。
準備なしには、いかなるものも受け入れることはできない。
「うっ……う、あうっ…」
男は躊躇することなく無理矢理に推し進めた。
ミシリ、ミシリと串刺しにされ引き裂かれる音が鳴る。
焼き付くような痛みが全身を襲う。
――助けてっ、誰か助けて…
いまだかつて、感じたことのない凄まじい痛みと恐怖。
喉の奥で絡まり、もはや、ひゅうと掠れた音にしかならない悲鳴。
陽太は、顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、意識を手放した。
次の瞬間には、場面が変わっていた。
まだ、夢の中にいるが、今度は大広間のようなところにいる。
周りには、誰もいない。
大理石のようなもので出来たテーブルを拳で叩きながら、一人呟く。
「あいつ、どうして、こんな呪詛をっ! なんてバカなことを………かけた本人も永久にその呪縛から逃れられないというのにっ!」
目から涙があふれる。これは、悔し泣きだ。
自分を愛しすぎた不器用な男に胸が痛む。
男と同じくらいの愛情を返すことが出来たら……きっと、こんな不幸は起きなかった。
バタンと戸が開き、30代のどことなく誠と似た雰囲気の男が部屋に飛び込んで叫んだ。
「白の魔法使いさま、異形の者が神殿に押し寄せてきています! 早く、呪詛返しをっ!」
夢の中の陽太は、泣きながら男の言葉に促されるように、呪いの言葉を吐き出した。
それは、とても残酷な呪いの言葉だった。
「陽太? 大丈夫か?」
陽太は肩を揺さぶられて目覚めた。室内は薄暗い。
時間を確認すると、もう夕方だった。
そっと目じりを指で擦ると、涙の粒が浮き出ていた。
妙にリアルな夢だった。まるで誰かの人生を追体験しているかのような……。
「なんか、変な夢をみてた。……すごい疲れた」
「寝てて、疲れるって、なんだそりゃ?」
誠は呆れたように笑った。
陽太もつられて声を出さずに笑う。
その笑顔のまま、誠に尋ねる。
「あのさ、陵とこれからどうなるの?」
和やかな雰囲気が一瞬のうちに凍り、剣呑になる。
誠は、はぁと溜め息をつき、灰皿を手に陽太のベッドに腰をかけた。
「妖魔は魔王によって生み出される。魔王は、妖魔が魔法使いから吸い取った魔力を妖力、つまり妖魔の生命エネルギーに変えて、妖魔に与える。だから、魔王さえいなければ妖魔はいずれ滅びる」
タバコに火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出す。
「俺たち魔法使いに伝わる魔剣というものがある。魔剣は魔力を断つ剣。魔王をやっつける唯一の剣だ。その魔剣を……」
誠は、俯いて言いよどんだ。
陽太の胸の動悸が激しくなる。
まさか? そんなことはないよな?
タバコをもみ消すと、真っ直ぐ陽太の顔を見据えた。
「……その魔剣をお前に渡すことが決まった。決してあらがえない。組織の総意だ。それが、どういう事か、お前にはわかるよな?」
何を言ってるんだろう?
頭が真っ白になって考えることが出来ない。
不意に陽太の脳裏に女性の声が蘇る。
良く知っている、懐かしくて、愛おしい声。
ああ、大好きでよく読んでもらったお話。
――むかし、むかし、あるところに、黒の魔法使いと白の魔法使いがいました。
黒の魔法使いは、白の魔法使いのことがとても大好きで、愛していました。
白の魔法使いは黒の魔法使いのことが好きでしたが、どうしても愛することはできませんでした。
黒の魔法使いは、白の魔法使いを愛していたので、同じように自分のことを愛して欲しいと思っていました。
自分のことを愛するように魔法をかけようと思いましたが、魔法使いは魔法をかけると消えてしまうという困った約束事があります。
折角、自分のことを愛するようになっても、自分が消えてしまっては、一緒にいることは出来なくなります。
黒の魔法使いは、来る日も来る日も考えました。
そして、ある日、黒の魔法使いは、白の魔法使いに呪いをかけました。
呪いは、魔法と違って愛する者以外にかけることが出来ますが、かけた本人も呪われてしまいます。
悪い魔王となって、永久に苦しむのです。
「この先、白の魔法使いやその仲間は、黒の魔法使いが生み出す妖魔に魔力を吸い取られ続ける」
黒の魔法使いは、妖魔に「愛」と同じ意味のある「魔力」を吸い取らせることにしました。
白の魔法使いの「愛」は得ることは出来ませんでしたが、その代わりに「魔力」を得ることができて幸せでした。
しかし、幸せは長くは続きませんでした。
黒の魔法使いは、呪いの力で悪い魔王になってしまいました。
白の魔法使いは、愛用の剣を手に持ち、黒の魔法使いに呪いを返しました。
「あなたはこの剣によって、本当に愛する者に滅ぼされる」
そういって、悪い魔王になってしまった、黒の魔法使いを倒すために追いかけました。
恐ろしい魔物が住む黒い森の中。
巨大な生物がいる青い深海の底。
燃えるような赤い火山の中。
とうとう悪い魔王を捕まえて、剣で滅ぼしました。
白い魔法使いと、その仲間たちは、末永く幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし――
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