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-陽太の章- その12
「陽太、大丈夫か? 助けに来た」
遠くで声が聞こえる。体を温かい毛布に覆われ、誰かが抱きかかえている。
「良かった……お前が生きていて、本当に良かった……」
声の主の体が小刻みに震えている。
顔の上に水滴を感じ、目を開けると、そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにした誠がいた。
誠によって、助け出されたのだと、陽太はようやく理解した。
待ち望んでいた顔と違い、落胆と安堵が入り混じる。
誠は陽太をそっと後部座席に横たえると車を発進させた。
――陵は助けに来てくれなかった……待っていたのに
心地よい振動に誘われるように、いつしか陽太は眠りに落ちた。
目覚めると、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
体を起き上がらせようとするが、全身を襲う痛みで動けない。思わず、呻き声がもれる。
見ると体はさっぱりと綺麗にされていて、パジャマを着せられていた。誠がしてくれたのだろうか。
「陽太?」
ドアが開き、誠がゆっくりと近づき、陽太の頬を両手で包んだ。優しく撫でる親指の感触に癒される。
「お前が生きていてよかった。今度は間に合って、本当によかった」
眉根を寄せて、今にも泣きそうな顔で呟く。自分と失ってしまった恋人を重ねているのだろうか。
「ここはどこ?」
「組織の所有する部屋だ」
誠の目が優しい。
「……助けに来てくれてありがとう」
目を伏せながら小さな声で呟いた。手から伝わる温もりに、陵じゃなくて落胆してしまったのを申し訳なく思う。
「何か食べるか? 欲しいものがあれば遠慮せずにいってくれ」
「ありがとう。でも、食欲ない……」
「そうか、今は何も考えずにゆっくり休むといい」
あまりにも優しすぎて、甘えたくなる。つい、言ってはならないことに触れてしまう。
「ありがとう…あのさ、誠さんってまだ、恋人のことを……」
「えっ? 何を唐突に……うーん、そうだな。この先、あいつ以外を愛することはない……そうすれば帰ってくるかもしれないから」
「え??」
陽太の頭を優しく撫でる。
「これからは黙って出ていかないで欲しい。約束してくれ。お前まで失いたくない」
陽太は軽く頷くと、誠の手の心地よい感触を感じながら再び眠りに落ちた。
次に目覚めた時は、すっかり体が楽になっていた。ベッドから這い出て、誠の姿を探す。
ドアの向こうは、広いリビングになっていて、窓の外は一面の海が広がっていた。
思わず、バルコニーにでて、何日ぶりかの太陽の光を浴びていると、玄関のドアが開く音がした。
「おはよう。もう昼だけど。体の調子はどう?」
「すっかり大丈夫。あのさ、風呂に入ってもいい?」
「ここ、温泉をひいてるんだ。いつでも入れるようになってるから好きな時に入るといい」
「ありがとう」
「風呂に入っている間に、昼飯をつくるな。焼き飯でいいか?」
「誠さん、料理できるの?」
驚いて目を見張ると、子供のようにニヤニヤしながら「元料理人だよ」と答えた。
風呂場は、それで一部屋分くらいありそうなほど、かなり広めに作られていた。
湯は、乳白色のどろりとした触感で、僅かに硫黄の匂いがする。
ゆっくりと、手足を伸ばした。気持ちがいい。あまりもの平和さに、あんなことがあったのは夢だったんじゃないかと錯覚するが、体のあちこちに残る鬱血の跡が夢ではないと告げていた。
脱衣所に用意されていた新しい下着とTシャツと短パンを身に着けてダイニングに向かうと、美味しそうな焼き飯とスープが出来上がっていた。
匂いに刺激されて、お腹がぐうぐう鳴りはじめる。食欲なんてないと思っていたのに体は正直だ。
「本当はお粥とか雑炊がいいんだろうけど、お前、がっつり食べたいだろ?」
「うん、おいしそう。すごい、お腹がすいてきた。もう食べていい??」
誠の料理は美味しかった。自分ではこんな風に上手に作れない。あとでコツを教えてもらうと思ったところで、陵のことを思い出す。
――あいつ、俺が居なくてもちゃんとメシ食ってるんだろうか……
自分の陵に対する気持ちがわからない。陵は自分たち魔法使いの敵の魔王だ。
陵がいる限り、妖魔に凌辱される魔法使いがあらわれ、誠の恋人や母親の様な不幸が起こる……。
「誠さん、恋人以外を愛さなかったら帰ってくるかもしれないって言ってたの、どういう意味? もし、迷惑じゃなかったら教えてほしい」
しばらくの逡巡のあと、誠は苦しげに話し出した。
「あいつが妖魔にさらわれて、手がかりさえつかめずに随分と時間が経った。あいつは来る日も来る日も絶え間なく行われる凌辱に絶望して、精神を蝕まれていった。ようやく監禁場所を突き止めた時、俺の前で消滅した。妖魔に犯されて穢されてしまった自分はこの先、生きていけないって」
その様子が目に浮かぶようだった。あれは、普通の精神状態では耐えられない。
陽太は、陵に会いたい一心でで耐えることが出来た。陵が自分を救いにくると信じていたから。
「あいつは、魔法をかけたんだ、俺に。自分よりもっと好きになる人が出来る。その人と本気の恋愛をするって」
テーブルの上に置かれた、誠の手が震えている。
「折角の魔法だけど、いまだにあいつより好きになる人が出来ない。魔法がかかってないのに、なんであいつは消滅したままなんだろう? おかしいと思わないか?」
手で顔を覆う。とうとう、声が震える。
「俺が誰も愛さない限り、あいつは戻ってくる。俺が愛さないということは、魔法が成立しないってことだろ? 俺が誰かを愛した瞬間、魔法が成立して、あいつが本当に消滅してしまう」
誠は必死で涙を堪えていたが、やがて、「どんなあいつでもよかった。一緒に過ごしたかった」と嗚咽をもらした。
結局、その魔法は、誠から自分以外を愛する道を奪ってしまった。
誠は恋人の魔法に囚われている。永遠に誠の中で生き続け、薄れることはない。
本来なら幸福な恋人同士だったはずなのに……妖魔さえいなければ。
――陵? 俺はいったいどうすればいいのだろう?
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