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-陵の章- その3
「お前さ、もうちょっと愛想よくしろよ。昔は、もっと違っただろう?」
陽太の目が、からかうように覗き込んでくる。
あと数センチでキスできそうな距離。そう思っただけで、心臓が早鐘を打つ。
悔しい。どうして、こんな何気ない動作に心を乱されてしまうのだろう。
動揺を気取られないように、無表情を装う。
「必要ない」
高校生になって、自分が『氷の王子様』と呼ばれているのは知っていた。
どうでもいい。肉親であっても、陽太以外の人間には興味がない。
「クラスの奴ら、お前の表情が変化するのをみたことがないって言ってるぞ」
急に、陽太の大きな両手に頬を包まれる。
淡い期待に瞼を閉じかけると、その手を左右に引っ張られた。
――わかっている。陽太が自分にキスなんてするはずがない。
苛立ちをぶつけるように、そっぽを向いて乱暴に手を払った。
あの手が、唇が、ましてや心が自分のものになることがないのはわかっていた。
それは、いつも自分以外の誰かのものだ。
どんなに狂おしいほど求めても、叶わない。
しかし、期待する気持ちを止めることが出来なかった。
今度こそ、手に入るのではないか……と。
――近い将来、陽太にあの魔剣を突き立てられ、陵としての一生を終える
何度も繰り返された結末。
今際の瞬間、陽太はどんな顔をするのだろうか。
少しは自分を憐れんでくれるのだろうか。
「魔王様、あの方の存在を隠しておられましたね」
上級妖魔のワクが、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てるように言った。
ワクは、陵として生を受ける、ずっとずっと前、黒の魔法使いと呼ばれていた頃に、初めて生み出した妖魔だった。
外見は20代のまま永遠に老いることも、死ぬこともない。
この長い呪われた輪廻をともに過ごす存在。
生まれ変わるたびに、ワクに見つけ出される。
ワクの責める口調に、陵は苦笑いした。
「お前は、昔からあの人が嫌いだな」
魔王として覚醒するまで、その存在は誰にもわからない。
小5で陵が覚醒すると、その晩のうちにワクがやってきた。
待ちわびていたと告げられ、それから、ずっとそばに控えている。
陽太の存在はワクに隠していた。極力、距離を置いて、陽太があの人だと悟られないように接していた。
「あなたの心の中は、いつだってあの人の事だけだ……あなたを滅ぼす存在なのに」
ワクは、苦々しく呟くと、陵の前に跪き、ペニスを口に含んだ。
生暖かい舌が這う感触に、下半身に熱が集まり、徐々に硬く、立ち上がってくる。
「うっ」
陵は低く呻くと、ワクの頭を両手で固定し、激しく腰をつかった。
喉奥の粘膜にペニスをこすりつけるように前後させると、嘔吐を堪えるためか繊毛運動が始まる。
まるで後腔の中のような居心地に、悦楽の波に誘われ、射精感が高まった。
温かくて気持ちがいい。
苦しそうに顔を歪め、涙でぐちゃぐちゃに濡れる表情に、陽太の姿を重ねる。
――陽太の舌はどんな感触だろう。どんな声で鳴くんだろう……
陵は陽太の中を想像しながら、ワクの口に精を吐き出した。
ワクは濡れた目で陵を見つめながら、それをゴクリゴクリと当然のように飲み下した。
すべてを嚥下したのを見届けてから、口腔からペニスを引き抜いた。
陵は手早く服装を整えると、自宅に戻る準備をした。
陽太が訪ねてくるかもしれない。
――ようやく陽太を手に入れたと思ったのに……
自宅前で再会したとき、あともう少しというところを魔法使いのあの男に連れ去られた。
つい、魔王ということを名乗ってしまった。
魔王の正体を知ったあいつらは、すぐに滅ぼす準備を始めるだろう。
陽太を連れ去った男の魂に、陵は見覚えがあった。
昔、あの人を奪ったあいつと同じ魂だ。
陵は、知らず知らずのうちにギリギリと歯ぎしりをしていた。
心ここにあらずという様子の陵を探るように見つめていたワクは、口の端を滴る精液を手の甲で拭いながら「私ではダメですか……」と小さく呟いて目を伏せた。
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