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第27話 好きなのかもしれない
先輩風吹かせた貢物は、無事に遠藤さんの手に渡ったらしい。
電話があった後、白封筒に縦書き便箋という、意外なほどちゃんとした礼状が届いてびっくりした。
事務便箋とか電話だけかなって人だと思っていたんだよね、ごめんね、遠藤さん。
っていう話を、久しぶりに会ったチュンにした。
仕事終わりの居酒屋っていう、いつものコース。
「ええ~! まだ寮監なんだ。なんか嬉しいな元気なのかな、会いたいな~」
ビールのジョッキを勢いよく空けて、チュンが笑う。
最近チュンはますます元気。
実は彼女ができたらしいって、風のうわさで聞いている。
すごい大事にしていて、人前でも平気でのろけるんだってさ。
でもそれをおれに教えてくれたテルさんは、「あれはのろけているって気がついてない」って言ってた。
チュンのことだから、のろけって気づかないでのろけているっていうのが、正解な気がする。
会いたいな寮祭に行こうかなって言うチュンを見て、まあ、元気なのはいいことだよなって思った。
「おれも会ったわけじゃないからなあ……会いたいけど」
「そうなんだ」
「うん。シュンに貢物預けただけで、直には会ってない。まあ、電話で声聞いた限りは元気そうだったよ。『ちゃんと五体満足で生きてるか』って言われた」
「言いそう~」
ゲラゲラとチュンが声をあげて笑った。
「しかし、偶然てあるもんだな」
「ん?」
「大家さんの弟さん、オレらの後輩になるなんてなぁ」
「だねえ」
二人でしみじみって感じになって、息をついた。
だって、おれたちが高校生だったのって何年前だよ?
卒業してから、もう十年? 十一年? それくらいは経っているはず。
そんなもう記憶が風化してそうだなって風景の中に、今、シュンがいるんだなあって思ったら、なんかすごいなってなったんだ。
「時間って、すごいな」
ポツン、とチュンが言った。
「うん」
他に答えようがなくて、おれもうなずいた。
「あのな、ぶー」
「ん?」
時間薬、って言葉があるじゃないか。
時間が経てば傷もよくなるよっていうやつ。
だからおれのどこかに開いていた穴は、いつの間にか埋まっていたんだと思う。
「オレ、結婚するわ」
チュンがそう言った時、おれのどこも痛くならなかった。
きっと今だから。
ナオと別れた頃だったら、きっと痛くてたまらなかったと思う。
大学を出てすぐの頃や、ナオと付き合っていた頃でも、おれは痛いと思っただろうなって気がする。
でも、今は痛くない。
それどころか良かったって思えた。
『良かった』って思えることが、良かったと、思えた。
「そっか……そうかぁ。おめでとう。噂の彼女?」
「噂? 何それ」
「テルさん・ひーさん・マスター経由で、チュンの彼女がかわいいっていう話が、おれにも聞こえてきてる」
「ぅわああああああ、なんだそれっ! そっちか! 油断してた!」
っていう身悶えを見るに、良くつるんでいた連中には口止めしていたらしいなって、察した。
また『気遣い担当』さんの、見当違いなだまし討ちとかがあって、おれとナオが接触するのを警戒したんだろう。
こいつ、変なとこで気を回すからなあ。
「どんな人? かわいいって、どういうかわいい?」
ふふふってなりながら聞いたら、チュンが真っ赤になってテーブルを睨んだ。
うわ、チュンが照れてる。
珍しいものを見た。
「中身がかわいい」
「ほう」
「見た目は、美人ていうより愛嬌かわいい系。そんで、オレの方が彼女に申し訳ないくらい、背が高い」
「はい?」
「めっちゃモデル体型で、そこをコンプレックスにしちゃうような子で、でも、中身がめっちゃかわいい」
照れまくるチュンをなだめすかして、聞いた。
チュンは『雀由来でチュン』って言われても違和感ないくらい小柄で、身長一七〇センチギリギリあるかないかのおれよりも小柄で、筋肉はあると思うけど、服を着ている限りはわからないから、ただのチビに見える。
そんな身長差だから、背の高いその子がうつむいて涙こらえている時、チュンには顔が見えちゃうんだって。
それでその顔にやられちゃったらしい。
一つかわいいと思ったら、あれもこれもかわいく見えて、かわいいかわいいって言っているうちに、つきあうことになったって。
「それでな、大事だなって思ったら、一緒にいたくてしょうがなくなった」
はじめのうちはチュンと一緒に外出することを、嫌がったんだそうだ。
だからずっとお家デートしてたんだってさ。
そんでいつの間にかコンプレックスとかそういうことより、お互いが楽しいことが大事になったって。
彼女がそうなってくれて嬉しいって、チュンがものすごい優しい顔で微笑んで言った。
元から優しい男だけど、おれも初めて見る顔で、彼女のことを口にした。
「お、おう……」
「ああ、こういうのがそうなのかあって、彼女といてわかるようになった」
特別の好きがわからなかったのだと、チュンは言う。
好きになってくれた相手が、自分にとって受け入れられそうだったら、付き合っていた。
だからこその『好きになった人がタイプ』で、自分から好きになったのは、彼女が初めてなんだそうだ。
「他の誰がしてくれても『ありがたい』って思うようなことで、さらっと済ませられることでも、彼女がしてくれたら特別嬉しくて、どうしようもなくなる」
チュンがそう言った時、おれが思い出したのは部屋に届いた荷物のことだった。
この間、別に何でもないっていうのに、シュンから届いたもの。
おれが一人暮らしに戻ったときに渡そうと思って、渡せなくて、ずっと持ったままだったんだって。
遠藤さんから話を聞いてやっぱり渡そうって思って、面と向かっては照れるからって、送りつけてきた。
温かそうな、綿入り袢纏。
初めて会った頃に、着せ掛けてくれたのを思い出した。
きっとおれが一人暮らしするってなった時、シュンはおれの寒さを取ってやろうって思ってくれたんだ。
その気持ちが、なんだかとても嬉しくて、涙が出そうになって焦った。
ずっと聞き流していたけど、シュンの好きは、そういう好きなんだ。
それを隠して仕舞い込んでしまいたいって思うあたり、おれもそうなのかもしれない。
何故だろう。
急に、そう思った。
おれは、シュンを、好きなのかもしれない。
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