27 / 38

第27話 好きなのかもしれない

 先輩風吹かせた貢物は、無事に遠藤さんの手に渡ったらしい。  電話があった後、白封筒に縦書き便箋という、意外なほどちゃんとした礼状が届いてびっくりした。  事務便箋とか電話だけかなって人だと思っていたんだよね、ごめんね、遠藤さん。  っていう話を、久しぶりに会ったチュンにした。  仕事終わりの居酒屋っていう、いつものコース。 「ええ~! まだ寮監なんだ。なんか嬉しいな元気なのかな、会いたいな~」  ビールのジョッキを勢いよく空けて、チュンが笑う。  最近チュンはますます元気。  実は彼女ができたらしいって、風のうわさで聞いている。  すごい大事にしていて、人前でも平気でのろけるんだってさ。  でもそれをおれに教えてくれたテルさんは、「あれはのろけているって気がついてない」って言ってた。  チュンのことだから、のろけって気づかないでのろけているっていうのが、正解な気がする。  会いたいな寮祭に行こうかなって言うチュンを見て、まあ、元気なのはいいことだよなって思った。 「おれも会ったわけじゃないからなあ……会いたいけど」 「そうなんだ」 「うん。シュンに貢物預けただけで、直には会ってない。まあ、電話で声聞いた限りは元気そうだったよ。『ちゃんと五体満足で生きてるか』って言われた」 「言いそう~」  ゲラゲラとチュンが声をあげて笑った。 「しかし、偶然てあるもんだな」 「ん?」 「大家さんの弟さん、オレらの後輩になるなんてなぁ」 「だねえ」  二人でしみじみって感じになって、息をついた。  だって、おれたちが高校生だったのって何年前だよ?  卒業してから、もう十年? 十一年? それくらいは経っているはず。  そんなもう記憶が風化してそうだなって風景の中に、今、シュンがいるんだなあって思ったら、なんかすごいなってなったんだ。   「時間って、すごいな」  ポツン、とチュンが言った。 「うん」  他に答えようがなくて、おれもうなずいた。 「あのな、ぶー」 「ん?」  時間薬、って言葉があるじゃないか。  時間が経てば傷もよくなるよっていうやつ。  だからおれのどこかに開いていた穴は、いつの間にか埋まっていたんだと思う。 「オレ、結婚するわ」  チュンがそう言った時、おれのどこも痛くならなかった。  きっと今だから。  ナオと別れた頃だったら、きっと痛くてたまらなかったと思う。  大学を出てすぐの頃や、ナオと付き合っていた頃でも、おれは痛いと思っただろうなって気がする。  でも、今は痛くない。  それどころか良かったって思えた。  『良かった』って思えることが、良かったと、思えた。 「そっか……そうかぁ。おめでとう。噂の彼女?」 「噂? 何それ」 「テルさん・ひーさん・マスター経由で、チュンの彼女がかわいいっていう話が、おれにも聞こえてきてる」 「ぅわああああああ、なんだそれっ! そっちか! 油断してた!」  っていう身悶えを見るに、良くつるんでいた連中には口止めしていたらしいなって、察した。  また『気遣い担当』さんの、見当違いなだまし討ちとかがあって、おれとナオが接触するのを警戒したんだろう。  こいつ、変なとこで気を回すからなあ。 「どんな人? かわいいって、どういうかわいい?」  ふふふってなりながら聞いたら、チュンが真っ赤になってテーブルを睨んだ。  うわ、チュンが照れてる。  珍しいものを見た。 「中身がかわいい」 「ほう」 「見た目は、美人ていうより愛嬌かわいい系。そんで、オレの方が彼女に申し訳ないくらい、背が高い」 「はい?」 「めっちゃモデル体型で、そこをコンプレックスにしちゃうような子で、でも、中身がめっちゃかわいい」  照れまくるチュンをなだめすかして、聞いた。  チュンは『雀由来でチュン』って言われても違和感ないくらい小柄で、身長一七〇センチギリギリあるかないかのおれよりも小柄で、筋肉はあると思うけど、服を着ている限りはわからないから、ただのチビに見える。  そんな身長差だから、背の高いその子がうつむいて涙こらえている時、チュンには顔が見えちゃうんだって。  それでその顔にやられちゃったらしい。  一つかわいいと思ったら、あれもこれもかわいく見えて、かわいいかわいいって言っているうちに、つきあうことになったって。 「それでな、大事だなって思ったら、一緒にいたくてしょうがなくなった」  はじめのうちはチュンと一緒に外出することを、嫌がったんだそうだ。  だからずっとお家デートしてたんだってさ。  そんでいつの間にかコンプレックスとかそういうことより、お互いが楽しいことが大事になったって。  彼女がそうなってくれて嬉しいって、チュンがものすごい優しい顔で微笑んで言った。  元から優しい男だけど、おれも初めて見る顔で、彼女のことを口にした。   「お、おう……」 「ああ、こういうのがそうなのかあって、彼女といてわかるようになった」  特別の好きがわからなかったのだと、チュンは言う。  好きになってくれた相手が、自分にとって受け入れられそうだったら、付き合っていた。  だからこその『好きになった人がタイプ』で、自分から好きになったのは、彼女が初めてなんだそうだ。   「他の誰がしてくれても『ありがたい』って思うようなことで、さらっと済ませられることでも、彼女がしてくれたら特別嬉しくて、どうしようもなくなる」    チュンがそう言った時、おれが思い出したのは部屋に届いた荷物のことだった。  この間、別に何でもないっていうのに、シュンから届いたもの。  おれが一人暮らしに戻ったときに渡そうと思って、渡せなくて、ずっと持ったままだったんだって。  遠藤さんから話を聞いてやっぱり渡そうって思って、面と向かっては照れるからって、送りつけてきた。  温かそうな、綿入り袢纏。  初めて会った頃に、着せ掛けてくれたのを思い出した。  きっとおれが一人暮らしするってなった時、シュンはおれの寒さを取ってやろうって思ってくれたんだ。  その気持ちが、なんだかとても嬉しくて、涙が出そうになって焦った。  ずっと聞き流していたけど、シュンの好きは、そういう好きなんだ。  それを隠して仕舞い込んでしまいたいって思うあたり、おれもそうなのかもしれない。  何故だろう。  急に、そう思った。  おれは、シュンを、好きなのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!