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第28話 ふわふわしていたせい

 ちゃんと確かめなきゃいけない。  そう思うのは、おれとしてはとても珍しいことで、それなりに意を決して、確かめようと思ったはずなのに。  ゴールデンウィークにかぶって、急ぎの仕事が入った。  当然、シュンに会えるわけもなく。  寺に行ってテルさんに会うことも、チュンと呑みに行くこともお預けになった。  急ぎの仕事を仕上げたらちゃんと顔を見て話そう! って思い定めたものの、チュンと一緒に顔を出す予定をしていた五月末の寮祭の時は、先輩の代打で出張になった。  当然、寮祭訪問も含めて全部お流れだ。  そんなこんなで、おれのやる気はペッチャンコ。  珍しいことだったから、いっかいタイミング外されるともうダメだよね。  改めてシュンに連絡とるのもためらわれて、うだうだしているうちにカレンダーは水無月で、梅雨が目の前になっていた。  そして現在、お約束のように、絶賛体調不良中です。  ちゃんと雨具も装備していたっていうのに、通り雨に降られてしまって、帰ったら熱が出ていた。  咳はないから、今夜だけで下がるかな。  いつも熱が出た時のように、枕元に水分を準備する。  ベッドの下、手を伸ばせば届くところにタオルと着替えを用意して、足元に寒気が来た時用の毛布もスタンバった。  音量を低くしてテレビをつけて、二時間ほどで切れるようにタイマーをかける。  スマホは充電器をつないで手の届くところに。    さて、では、おやすみなさい。  スマホが震えて目が覚めた。  テレビは消えているから、あれから二時間以上たってはいるんだろう。  手探りでスマホを探す。  体を動かしたら、咳が出た。 「ぅあ~……」  変な声出るじゃないか。  これからまだちょっと上がるなって感じで、体が重い。  面倒な用件じゃないといいなあって思いながら、スマホを見たら、シュンからの通話呼び出しだった。  いやあ、これはダメでしょう。  いったん切れるのを待って、メッセージを送った。 『出られなくてゴメン。どうした? なんかあった?』  すぐに既読がついて、折り返しのメッセージが来る。 『元気かなって。今、話しできる?』  ぴょんぴょんと画面の中で飛び跳ねるスタンプ。  少し迷った。  声は聞きたい。  すごく聞きたい。  でも、無理だな。  おれが話できない。 『今は無理。また今度』 『熱?』 『そう。だから、また今度。おやすみ』  そっけないけどゴメンねと思いながら、スマホを手放す。  もう少し寝る。  そこからまた寝て、スマホの振動で目が覚めた。  だいぶ汗もかいていて、これは明日には下がるなって安心して、体を起こす。  冷える前に着替えてしまおう、それからスマホの確認だなって、部屋の電気をつけて動き始めたら、インターホンが鳴った。 「へ?」  あまりのタイミングの良さに、驚く。  体を冷やしたら意味ないだろって、軽くバスタオルで身体を拭きながらインターホンに出る。   「……はい」 『えと……オレ、です』 「シュン?」  え、なんで?  慌てて手に取りやすいところに置いてあったものを羽織って、玄関に向かう。  っていうか何でだ?  そんで今、何時だ?  門限どうした?  鍵を開けた途端にシュンが部屋に入ってきて、おれのことを確認した。   「いっくん、大丈夫?」 「何やってんのお前? 門限は?」  同時におれも問いただしていて、お互いにどうすりゃいいんだっていうお見合い状態になる。  あー……うん、まああれだ。  落ち着け、おれ。 「とりあえず、座ってて。おれ、着替えるから」  まだちょっと頭がぼんやりしていて、熱は残ってるなって思いながら、鍵をかける。  テレビの前の床を指さして、シュンの顔を見たら、へにゃ、ってなってた。 「シュン?」 「それ、使ってくれてんだ。嬉しい」    自分が羽織っていたのは、この間贈られてきた綿入り袢纏。  あーってなった。  いやだって慌ててたし手近にあったし。  シュンの顔があまりにもかわいくて、照れ臭くなりながら、もそもそと着替える。  座ってろって言ったのに、シュンはキッチンスペースの方に立って、持ってきたビニール袋から何かを取り出していた。 「話できないくらい辛いんだったら大変だって思って、急いできたんだけど、思ってたより元気そうでよかった」  シュンがそう言いながら勝手に準備しているのは、どうもレトルトの粥らしい。  いや、ありがたいんだけどね。  けど驚くだろう? 「嬉しいけど、大丈夫なのか?」  時計を確認したら、もう今すぐダッシュで帰っても、絶対門限には間に合わない時間。  それなのにシュンは安心したような顔で、のんびりとしている。 「大丈夫。外泊届けだしてきた。明日の朝、急いで戻る」 「は?」 「大先輩の言いつけ通り、遠藤さんには袖の下置いてきた。いっくんの看病に行きたいって言ったら『お大事に』って、届受理してくれたよ」  おれのマル秘情報、存分に活用しているらしい。  まあ、いいんだけどね。  いいんだけど、いいのかなってなるよね。  着替え終わって、さっきまで来ていたものを洗濯機の前においてきたら、ローテーブルの上におれの分の病人食が並んでた。  おれは嬉しくて、用意された食事の前に座る。 「コンビニご飯だけど、これなら食えるっしょ?」 「あ、うん。ありがと」  熱でふわふわしてるんだと思う。  じゃなきゃ、こんな風に顔が熱く感じるわけない。  おれは今、一人暮らしのはずなのに。  なのに、熱がある今、こんなに安心してる。  シュンが手を伸ばして、そっとおれの首筋に触る。 「ちょっと高いかな。解熱剤飲んだ?」 「帰ってすぐに。あとは寝てた」 「じゃあ、ちょうどよかった。これ食って、もう一回、寝ちゃいなよ」 「うん」  進められて素直にうなずいて、箸をとった。  って!  待ておれ。 「いや、おれはいいけど、シュン今夜泊まっていくの? 布団ないぞ?」 「だから、外泊届けだしてきたから、大丈夫だって。それに、オレはいっくんみたく熱出さないから、その辺で転がって寝ても平気」 「平気じゃないだろ? そんなのおれが心配になるじゃないか。じゃあ、せめて一緒に布団はいろう。毛布ならあるから」  そう言ったら、シュンが絶望的な顔になった。 「いっくん……わかってる? オレ、いっくんのこと好きなんだよ。一緒の部屋ならまだ『いっくんは病人』って我慢できるけど、一緒の布団はちょっと……」 「部屋だろうが布団だろうが、今のおれは病人だけど?」 「いやそうじゃなくて……あのね、今、オレすごく嬉しいっていうか高揚してんの。いっくん、部屋に入れてくれるし、袢纏使ってくれてるし、信用されてるなって気持ちが高ぶってるからさあ、一緒の布団に入ったら振り切れちゃう」 「でもおれは、シュンが一緒だと安心する」  おれが飯食っているのを見守りながら、シュンがうんうん悩んでいる。  これまでだってさんざん布団に侵入してきたくせに、何言ってるんだろうって思ったけど、なんか頭の芯がぼんやりしてて、うまくまとまらない。  とりあえず出された食事を何とか完食して、薬を飲む。  明日の朝には下がっていることを願って、きっちり寝ようと寝支度をしていたら、シュンが意を決した顔で正座していた。   「シュン?」 「あのね、いっくん。オレ、いっくんのこと好き。だから、ちゃんとお付き合いして」 「うん、おれも多分、シュンのこと好きだ」 「え?」 「好きなんだと思うんだ。だって、袢纏が嬉しくて涙が出そうになったから」  大真面目な顔のシュンの前にかがんでそう言ったら、シュンが涙目になった。 「ホントに?」 「うん」 「オレと付き合ってくれる?」 「いいよ」  涙目のシュンが、両の手でおれの頬を挟む。  それから、そっとそおっと、優しいキスをくれた。 「いっくん好き。大事にする」 「うん」 「早く元気になってね」 「うん。じゃあ、一緒に寝ようか」 「……って、これ、すごい我慢大会なんだけど……ま、いいか」    確かに、おれはシュンのこと、好きになってた。  ちゃんと気持ちを確かめたいと思っていた。  だけどなし崩しにつきあうまで行くとは、思ってなかった。  キスまでしちゃうとか、一緒に寝るとか、一足飛び過ぎんか。    すべては熱でふわふわしていたせい。    だけど、今までになく安心して眠れたのは、言うまでもない。

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