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同居人の誕生日は今日だけど、俺は何も用意してない(7)
「まだ唇がスースーする。細川、歯磨き粉付けすぎなんじゃないか?」
煮込み終わって皿に移されたクリームシチューを前にして、盛山は苦言を呈した。細川とキスできたことは嬉しいし、マウスケアだって自分のことを考えてやってくれたのは分かるのだが、折角のシチューがひんやりと感じてしまう。
「歯磨き粉だけじゃないぞ。ガム噛んで、マウススプレー使った」
「これからキスする度にその準備するのか?」
「……流石にやりすぎたと思ってるよ」
二人は手を合わせて食べ始める。文句を言うほど唇に清涼感は残っておらず、食事の温かさが冷たさを相殺してくれた。牛乳とチーズが豊かに香って、濃厚で美味しいシチューだ。
対する細川は、顰め面であまり食べ進めていない。唇どころか口内が極寒なのであろう。このペースでは、食べきる前にシチューが冷めてしまう。勿体ないな、と盛山は思った。
「細川、まだ口の中冷たいか?」
「冷たいというか、キシリトールの味がする」
「ふーん。俺が代わりにもらってやろうか?」
「……本当に? じゃあもらってくれよ」
細川のその返事は意外だった。心配されなくても全部食べるわ、と死守すると思っていた。
それだけではない。細川は皿を盛山に寄越すどころか、スプーン置いて、と笑顔で囁いてくる。
「ほら、健。こっち来いよ」
「えっ、何……?」
「もらってくれるんじゃないのか?」
「俺がそっち行くのかよ」
「じゃあオレが行くわ」
「皿だけで良いんですけど」
「……それだとあげられないだろ?」
二人とも、お互いの言動に首を傾げた。まあいいや、と膝立ちで寄ってきた細川は、盛山の後頭部に手を添えて顔を近づけてくる。盛山は、そこでようやく細川の意図が分かった。
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