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恋人のことを深く知りたい(3)

「その言葉を信じたいけど……俺、賢太郎の恋人だ、って言える自信がないよ。お前と繋がることができないから。好きなら、恋人なら、痛いのも怖いのも全部耐えられるはずなのにさ。こんなんで、賢太郎のことを好きって言って良いの?」 「良いに決まってるだろ!」 涙を浮かべた健を見てられなくて、賢太郎は力強く答えた。怒りも混じっていたかもしれない。賢太郎が恋人という名の下に、健に苦痛を強いるような男だと思われていたなら心外だった。大きく見開いた健の瞳から、涙が一粒零れる。 肉体関係は、恋愛関係の延長線上に置かれがちだ。ともすればイコールで結ばれてしまうその二つは相互補完的で、二つ揃ってようやくちゃんと完成した恋人、というふうに捉える人間が多い。恐らくは健もそうなのかもしれない。 その考え方だと、未だ行為を完遂できていない健と賢太郎は、恋人としては未完成だし、相手を真に愛していないと言うことになる。そのうえ、健は自分から行為を制止した。完成した恋人になるための行動を取れなかったという自責が、健の足枷になっているのだろう。 けれど、恋人関係を続けていくうちに生じる諸々の苦痛も、愛しているなら――恋人なら耐えられるはずだ、と言うのか。耐えられなかったら仮初めの愛だと言うのか。それはただの呪いだ、と賢太郎は思う。 二人が恋人かどうかは、その二人が決めるものだ。周りがどう言おうと、どう考えようと。それは、その二人が同性だろうが異性だろうが関係ない。 二人が恋人でいるために何らかの資格は要らないし、恋人に優劣や段階があるとも思わない。ただ、敢えて資格が必要だというなら、それはお互いを愛しているということだけだ。 キスや行為だって、愛情を示すための手段であって、愛情の尺度を測るものではない。やってみたいと思うこと自体は間違いじゃないし、お互いの合意がとれているならやればいい。でも、それが出来なくたって、それをしなくたって、相手を好きでいて良い。恋人でいて良い。綺麗事だと、絵空事だと言われるかもしれないけれど、恋人なのに気持ちの伴わない行為をしたり、相手の望まない苦痛を強いることの方が不実だと賢太郎は思う。

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