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恋人のことを深く知りたい(9)
シャワーで体を流した後、浴室を出て髪を乾かした。特に打ち合わせてもいないけれど、ツインベッドの片方に二人で腰掛ける。賢太郎は、羞恥心から目を合わせてくれない健の頭を撫で回しながら、晩御飯を食べる場所を一緒に検索した。
二人が良さそうだと思ったのは、ホテルから徒歩五分の、イタリア料理やフランス料理が中心の個室居酒屋だ。
支度して徒歩で向かい、店内に案内されて席に着くと、注文するものが決まったら呼び出しボタンを押すよう説明をされ、引き戸を閉められる。メニューを見ながら頼むものを決めてボタンを押して店員に伝えた後、二人きりの沈黙の時間が訪れた。
「晩メシで外食するの、大分久し振りだな」
「一緒に住んでからは、ずっと家で賢太郎のご飯食べてたからなあ。もちろんそれも大好きだけど。知り合った頃は外で一緒にご飯食べてたもんな」
「オレはメシというより、デザートとか軽食ばっかりだったけどな」
「そういえばそうか。……それでも一緒に何か食べたいって思ってくれてたってことだろ? 嬉しかったよ」
ふんわりと微笑む健に、賢太郎は思わず手を伸ばした。頬を撫でて顎を摩ると、健はくすくすと控えめに笑う。
「後でいくらでも触れるのに」
「なんか、我慢が出来ないんだよな……」
引き戸がコンコンと音を立てたので、賢太郎は手を引っ込めた。開いた扉から、シーザーサラダを持った店員が入ってくる。健は何事もなかったかのような表情で、サラダを受け取って店員にお礼を言った。
こういう店員への対応一つ取っても、人柄が出るものだ。賢太郎は健の態度を好ましいと思っていたし、健を好きになって良かったと思う。
「シーザーサラダ美味しいな」
「……お前、本当に美味そうに食うよな。そういうところ好きだよ」
賢太郎は、何気ない自分の言葉に既視感を覚えた。付き合う前、健に同じ言葉を投げかけたことがある。あの時は健の反応を見るために言っていた節もあるが、賢太郎は嘘を言っていたわけではなかった。
今も、本当にそう思ったから伝えただけだ。何も疚しいことはない。それなのに、健は顔を真っ赤にして、サラダを口に運んでいた手を止めてしまっている。
「……ありがと」
ぼそっと呟いた目の前の健は、あの時の健とは少し違った。彼は賢太郎の恋人になったし、賢太郎の好意に気づいてくれて、素直に受け取ってくれる。少しずつ変わっていったこともあるし、今日をきっかけに大きく変わったこともある。その変化の全てが嬉しい。
「可愛いな、健は」
臆面も無く好意をだだ漏れにする自分も、相当変わったな……と賢太郎は苦笑した。
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