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美しい母の生き写しのような雪蘭は、それはそれは美しい顔立ちをしている。
深い雪のように蒼く白い肌。紅要らずの赤い唇。あまり表情を浮かべないその顔が微笑みで彩られるとぱっとその場が明るくなる。
男らしい、雄々しいという美貌ではなく、中性的で女性にも見えるしなやかで繊細な美しさ。頬はまろく、顎も小さい。入隊したての頃は子猫ちゃんが迷い混んできたと揶揄されたほど。――思い出したくない苦い記憶だ。
「雪蘭様? どうかされましたか?」
乞うように顔を覗き込んできた士官の青年との近さに一歩後ろへと足を下げた。「何でもない」と首を振るが、納得はしていない顔だ。歳は同じくらいか少し下だろうか。眉根を寄せた。
自身の容姿はきちんと理解している。母譲りの自慢の髪、自慢の顔、自慢の才能だ。ナルシストなわけじゃあない。母から受け継いだ、自慢の遺伝子だ。それこそ自慢じゃあないが、よく女性に声をかけられる。嬉しくないことに、男性からもお声がけいただくこともある。まったく嬉しくない。
「さっさと自分の常務に戻れ。二等士官は訓練の時間だろ」
「え、あ、……ッあの、もし、もしよければ今度、」
「伝令申し上げますッ!!」
神鳴りが光る。
「――何があった」
目を眇める。
「城門より南にッ、白の帝国軍が――ッ!!」
叫びに近い、悲鳴染みた声だった。
カッと目を見開き、すぐに走り出した。向かうは、國の入り口とも言える南に位置する中央城門。手に持っていた茶器の包まった包みを伝令役の男に投げ、腰に下げた刀に手を添えて足早に駆ける。背中で呼び止める声がするが、今はそれどころじゃない。
白の帝国軍と言えば女子供にも容赦しないと聞いている。男はひとり銀八百。女子供は銀三百。抵抗は一切許さないという。略奪、殺戮、惨劇。白の帝国軍が通ってきた後は、屍の山だ。
大陸を支配する白の帝国を治める帝王の配下にある白の帝国軍は、帝王への貢ぎものを回収するために大陸を回っている。
白い甲冑に、白い騎馬、白い旗。白は悪魔の色だ。奴らが現れたらどうすることもできない。
しかし、我らは違う。黑の國には対抗できる力が、武力がある。
あぁ、嫌になる。虫の知らせはこれだったのか。経験を詰める機会は早々にやってきた。
「雪蘭ッ!!」
姫の声がした。
ハッとして足を止め、声のした方を向く。近い道を、と思い濡れるのも躊躇わず外を走り抜けていた雪蘭の頬を雨粒が叩く。白い顔はさらに蒼く見えた。
「雪蘭ッ、どこへ行くの! 何があったの? 兵たちが騒がしいわ、お父様は重臣たちと会議室から出ていらっしゃらないし、私、私……!」
見上げた先、王宮の二階部分にあたる窓から顔を出した春麗は焦りが滲んだ表情で言葉を矢継ぎ早に紡いだ。帝姫の彼女に伝令が言っていないと言うことは、下の妹姫たちも何も知らないということになる。美しい女は、生きて捉えられ、帝国軍の慰み者となるとウワサで聞いた。
ギリ、と口の端を噛む。口内に鉄臭い味が広がった。なるものか。彼女は必ず護ると決めたのだ。
「春麗、落ち着いて聞いてくれ。白の帝国軍が、國のすぐ近くまで来ている。奴らは女子供関係なく容赦ない惨酷なおぞましい奴らだ。すぐに、妹姫たちと集まっていろ。妹姫たちには君が必要だ。劉師と親衛隊がすぐに向かうはずだから。そしたら、地下通路を使って隠れていろ」
「雪蘭は!? 雪蘭はどうするの!」
「――私は騎士として國を、国民を、帝姫を護らなければいけません」
口調を改めて雪蘭に、春麗は二の句が告げない。はくはくと口を開閉させて、窓から身を乗り出す。
「だいじょうぶ、春麗は僕が護る」
はんなりと、場違いな柔らかい笑みを浮かべた雪蘭は、春麗の後ろに親衛隊員の姿を視止めて、雨の中踵を返した。
雨足は酷くなる。
――雪蘭ッ!!
帝姫の叫びは、激しくなる雨音にかき消された。
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