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第5話 足りない危機感

 ガサゴソとトートバックを漁った男は、A4サイズのスケッチブックを取り出した。  ぱらぱらと捲った男は、俺の視界にそれを差し入れる。  そこに描かれていたのは、背中を向けた裸の男の上半身。  どこかで見たコトがあるような後ろ姿に、思わず、じっと見やっていた。 「こんな感じで描いてるんだけど。嫌なら顔は描かないから。なんなら、モデル料も……」  見せていたスケッチブックを俺の膝に乗せた男は、焦りながら尻のポケットを探る。  チャコールグレーの長財布を取り出し、中身の確認を始めた。 「そんなに持ち合わせないけど、……いくらならいい?」  逃がしてたまるかと言わんばかりに畳み掛けてくる男。  こいつ、美大生か?  大学かなんかの課題的な……?  切羽詰まったような、あまりの必死さに俺は毒気を抜かれていた。 「どこで?」  問い掛けに、きょとんとした瞳が俺を見やる。 「脱ぐんなら、外じゃ無理だろ?」  付け足す言葉に、俺の問いを理解した男は、慌てた。 「あ、えっと……、オレのい」 「家には、行かない」  ばっさりと切り捨てるように声を放った俺に、男は、眉尻を下げる。  ここから、どのくらい遠いのかもわからない。  初対面の相手の家に上がるのは、何となく気が引けるし、恐怖心もある。  それに。 「初対面の人間を家に招こうとするなよ……。もう少し危機感持った方がいいんじゃねぇの?」  男の危機感のなさに呆れた。  俺の声色に、男は哀しそうに眉尻を下げ、しょんぼりと肩を落とした。  ゆるりと腰を上げた俺に、男は悄気(しょげ)たままに動こうとしない。 「近くに馴染みのホテルあるから、そこでいいだろ?」  振り返り言葉を繋いだ俺に、一瞬見開かれた瞳が、くしゃりと潰れた。

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