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第8話 触れてみたい、触れてほしい
身体の汗をざっと流し、ベッドのある部屋へと戻る。
それほど濃くは施していないが、化粧が剥げるのも嫌だし、洗った髪を再びセットするのも面倒で、身体の汗を流すに留めた。
股間を隠すこともせずに戻った俺に、男は直ぐに視線を外す。
男は、ベッドの足側の隅に、胡座をかいて座っていた。
手許には開かれたスケッチブック。
男の後ろにあるソファーには、トートバッグの上に俺の服。
俺が無造作に脱ぎ捨てた服が、綺麗に畳まれ積まれていた。
「好きな格好で良いんだけど……」
ちらりと流れた男の瞳の先はベッドヘッド。
座って背を預けられるようにと、枕が重ねられていた。
その前に腰を下ろした俺は、枕に寄りかかるように身体を沈める。
「本、読む?」
這うように寄ってきた男が、俺のメガネと文庫本を差し出してくる。
それを受け取り、俺はベッドの上に投げ出した足を軽く組む。
男は、元の場所に戻り、再びスケッチブックを手にした。
メガネをかけ、スピンを引いた。
第2章の始まりから、俺は活字を追う。
鉛筆の走る音だけが響く静かな室内。
裸体で居ても寒くはない。
裸になることが前提の空間なのだから、当たり前か。
文字を追っているはずなのに、意識が鉛筆の音に引き摺られた。
本へと瞳を落としながらも、視界の片隅に絵を描く男の姿を映し込む。
美大生だとしたら、…年齢は多分、20歳そこそこってところか。
真剣な顔つきに、少しだけ胸が高鳴る。
あの服の下に隠れている肌に触れてみたくなる。
スケッチブックの上を繊細に滑るその骨ばった手で、この身体に触れてほしくなる。
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