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第10話 咄嗟に掴む手首

 大きなベッドで眠るのは気持ちがいい。  身体を包む柔らかく温かな感触に、目を覚ますのが億劫になる。  ―― シャッシャッ  一定のリズムで刻まれる音に、微睡(まどろ)む意識が揺すられる。  覚醒した意識にその音が、鉛筆が紙の上を走る音だと気がついた。  弛く瞼を押し上げれば、ぼんやりとした視界に、絵を描く男の輪郭が浮かぶ。 「ごめん、…起こした?」  乾いた喉が、声を阻んだ。  いつの間にか、肌掛けが身体を包んでいた。  独りぼっちじゃない目覚めは、いつ振りだろう。  寝呆(ねぼ)けた頭は、どうでもいいコトを顧みる。 「どのくらい……?」  押し出すように紡いだ言葉は掠れた。  ざらつく声の問い掛けに、男はスケッチブックを脇に置き、ベッドヘッドにあるデジタル時計を覗く。 「2時間くらいかな。寒かった?」  セックスをした訳じゃない。  身体がそれほど疲れていなかったから、眠りが浅かったのかもしれない。  無造作に置かれたスケッチブックに視線が向いた。  ん? ……俺か?  スケッチブックに描かれている顔が、俺の寝顔に見える。  メガネをかけていない起き抜けの視界は、ぼんやりとしか輪郭を把握できない。  その絵をよく見たくて、無意識に瞳を細めた。 「ぁ、………ごめん」  俺の視線に気がついた男が、申し訳なさげに謝ってきた。 「嫌だよね。寝顔描かれるの……」  焦った男は、その頁を指先で摘まんだ。  破られる。  そう思った俺は、咄嗟にその手首を掴み、男に顔を寄せた。  メガネのレンズ越しでない視界は、男の表情をぼんやりとしか映さない。  男の顔にピントを合わせたかった俺は、必然的に顔を寄せるしかない。

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