39 / 45
第39話 期待と一緒に投げ捨てる
ぎゅっと抱き締めていたマコトの腕が、ふと弛む。
身体を離したマコトの顔は、何かを強情るように物欲しげだ。
「“ヒイラギ”って本名じゃないんだよね? …そろそろ本名、教えてくれてもよくない?」
本名を名乗らなかったのは、まだマコトを信じ切っていなかったから。
そこまでの仲じゃなかったから。
身体だけの関係ならば、本名など教える必要などないと思っていたから。
そうだ。
マコトは、俺の身体しか知らないんだ。
何も俺のコトを知らないクセに。
名前すら、知らないクセに。
惚れたなどと言われたところで……。
「は?」
俺の本当の名すら知らず、告白してきたマコトに、顔を顰めた。
「この流れは、付き合うって流れでしょ。恋人なのに本名、知らないとか変でしょ」
瞳を何度となく瞬いて、さも不思議そうに紡がれるマコトの言葉。
「何でだよ? 付き合わねぇよ」
マコトの考えていた流れを、一刀両断する。
マコトは、俺に惚れたんじゃない。
俺の見た目に…、身体に、惚れたんだ。
心の底の燻りに気づいてしまえば、良くない方へと思考が走る。
俺の頭は、嫌な結末しか想像できない。
見た目だけで俺に告白し、“付き合ってみたら違った”、“そんな人だ思わなかった”、そんな言葉を何度言われたか、なんて覚えてない。
「なんで? オレのコト、嫌い?」
哀しそうに眉尻を下げながらも、マコトは食い下がる。
「好きでも、嫌いでもねぇよ。俺は、後腐れない関係がいいの。身体だけの関係でいいんだよ」
どうせ、見た目が好きなだけ。
お前のでかい物 を飲み込めるこの身体が好きなだけなんだろ?
お前が惚れたのは、俺の身体だ。
描くのに最適な、着飾った俺の器が、好きなだけなんだ。
「付き合ってなくたって、会ってるだろ。絵も描けて、セックスも出来る。お前にとって、それで充分だろ」
擲 つように、声を放つ。
自分自身の中に残さぬように、言葉に乗せて期待を全部、吐き捨てた。
臆病な俺は、強がり予防線を張る。
今の現状で充分なのだ、と。
ともだちにシェアしよう!