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第39話 期待と一緒に投げ捨てる

 ぎゅっと抱き締めていたマコトの腕が、ふと弛む。  身体を離したマコトの顔は、何かを強情るように物欲しげだ。 「“ヒイラギ”って本名じゃないんだよね? …そろそろ本名、教えてくれてもよくない?」  本名を名乗らなかったのは、まだマコトを信じ切っていなかったから。  そこまでの仲じゃなかったから。  身体だけの関係ならば、本名など教える必要などないと思っていたから。  そうだ。  マコトは、俺の身体しか知らないんだ。  何も俺のコトを知らないクセに。  名前すら、知らないクセに。  惚れたなどと言われたところで……。 「は?」  俺の本当の名すら知らず、告白してきたマコトに、顔を顰めた。 「この流れは、付き合うって流れでしょ。恋人なのに本名、知らないとか変でしょ」  瞳を何度となく瞬いて、さも不思議そうに紡がれるマコトの言葉。 「何でだよ? 付き合わねぇよ」  マコトの考えていた流れを、一刀両断する。  マコトは、俺に惚れたんじゃない。  俺の見た目に…、身体に、惚れたんだ。  心の底の燻りに気づいてしまえば、良くない方へと思考が走る。  俺の頭は、嫌な結末しか想像できない。  見た目だけで俺に告白し、“付き合ってみたら違った”、“そんな人だ思わなかった”、そんな言葉を何度言われたか、なんて覚えてない。 「なんで? オレのコト、嫌い?」  哀しそうに眉尻を下げながらも、マコトは食い下がる。 「好きでも、嫌いでもねぇよ。俺は、後腐れない関係がいいの。身体だけの関係でいいんだよ」  どうせ、見た目が好きなだけ。  お前のでかい(ぶつ)を飲み込めるこの身体が好きなだけなんだろ?  お前が惚れたのは、俺の身体だ。  描くのに最適な、着飾った俺の器が、好きなだけなんだ。 「付き合ってなくたって、会ってるだろ。絵も描けて、セックスも出来る。お前にとって、それで充分だろ」  (なげう)つように、声を放つ。  自分自身の中に残さぬように、言葉に乗せて期待を全部、吐き捨てた。  臆病な俺は、強がり予防線を張る。  今の現状で充分なのだ、と。

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