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第42話 お前の粘り勝ち
キスマークを撫でていた手で、それを隠す。
「ほら。やっぱり、しらばっくれるつもりじゃんっ」
むすっと顔を歪ませたマコトは、指先で机を叩く。
トントンっという音に向けた瞳に、マコトは左目を閉じ、ウインクしてくる。
くっと眉間に皺を寄せる俺に、マコトの指先が閉じた瞼を指し示した。
「ここに黒子あるし、髪もメガネも、顔の感じも違うけど……」
キスマークを隠す俺の手に、身体を乗り出したマコトの指が突き立てられる。
「ここに証拠、あるでしょ」
掌に隠されたキスマークを指差されたままに、それでも俺は瞳を背けた。
「それに……」
弛めていたネクタイをぐっと掴まれ、顔を引き寄せられた。
スンスンと鼻を鳴らし、目の前で匂いを嗅がれる。
「この香水の匂い。間違いないよ。あんまり、しらばっくれてたら……」
するりと耳許に寄ったマコトの唇が、淡く囁く。
「ここで、キスするよ?」
ぞわっとした感覚が、背を撫でる。
ぐっと眉根を寄せた顰めっ面でマコトを見やった。
可笑しそうなマコトの笑い声が、耳に響いた。
「その顔も、柊さんだよ。もう、諦めてよ?」
ぱっと手を離し、降参だと言うように、マコトは両手を上げ、ぽすんっと椅子に腰を落とす。
「これ、人違いでやってたら、オレ、ヤバいヤツでしょ。……人違いだったら既に“違います”って言われてると思うし」
諦めの悪い俺に、マコトは、呆れるような憐れむような困り顔だ。
マコトの粘り勝ち。
今さら違うと言ったところで、その言葉の説得力は皆無だ。
はぁっと深く息を吐き、内ポケットから名刺入れを取り出した。
「そうだよ」
俺は渋々と、名刺を1枚引き抜き、マコトの前へと差し出した。
「ほら、やっぱり。ヒイラ……しゅう?」
俺がマコトのいう“ヒイラギ”であったコトに、嬉しそうに顔を綻ばせた次の瞬間、頭上に疑問符を浮かべた。
漢字の上に振られたローマ字表記のルビに、マコトは首を傾げる。
「そう。俺の名前は、ヒイラギって書いて、シュウって読むんだよ」
諦めて自分の名を語る俺に、マコトは指先を震わせた。
「……本名だった。ちゃんと、本当の名前、教えてくれてたんだ」
嬉しそうに、震えた声を紡いだマコトは、申し訳なさそうな瞳を俺へと向けた。
「疑って、ごめん」
疑わせるように仕向けたのは、俺なのに。
黙っていたのは、俺なのに。
マコトは、なにも悪くないだろ。
「別に、怒ってねぇよ。てか、謝る必要ねぇだろ」
なんとなく居心地の悪さを感じ、視線を游がせた。
名刺に視線を戻したマコトは、そこから読み取れる情報を漏れなく取得しようとする。
「化粧品会社なんだ。だから、化粧してたんだ」
化粧に気づいてたのか……。
名刺から上げた瞳で俺を見やったマコトは、へへっと照れたような笑みを浮かべた。
「でもオレ、ノーメイクのひぃ…、柊 さんも好きだな」
満足げな笑顔を浮かべたマコトの手が、すっと俺の頬に伸びてくる。
「こら。こんなとこで、変にムード盛り上げんなっ」
きゅっと寄せた眉根で軽く睨めば、マコトは、慌てたように手を引っ込めた。
マコトから意識を逸らせば、周りの雑踏の音が耳に入る。
こんな公衆の面前で沸き立ってしまいそうな気持ちを、マコトを叱るコトで、自制した。
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