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共通話-4

 午後一時過ぎ。フロックコートのボタンを留め、シルクハットをかぶり、校内見取り図を頼りに生徒会室まで来た。ツタの這うレンガ造りの北校舎二階、職員室の真上だ。  外観と同じく中身も純洋風。大きな両開きの木製のドアはきれいな彫刻が施されていて、これまた複雑な彫刻みたいな飾りがついた金色の取っ手がついている。  ノックは四回、パンフレットの‟礼儀作法について“の項目に書かれていたとおりにノックをして、じっと待つ。ゴクリ、と唾を飲む音が大理石の床に響いて、誰もいないのに恥ずかしい。やがてドアが開き、背の高い人が現れた。 「やあ子猫ちゃん、いらっしゃい」  甘ったるい声でニッコリ微笑んだのは、英夜(はなぶさイブ)さんっていうトップモデル。パリコレにも出てる有名人…!  俺は慌ててシルクハットを取り、頭を下げる。 「あ、あ、あ、あの、はじめまして! 遠野新太です! クラブのことでお話があると、中瀬川先生からうかががっ…あ、あれ?」  思いっきり噛んでしまって、情けなくて顔を上げられない。湯気でも出そうなほど熱くなった俺の頭に、優しく手のひらが乗った。 「製菓部の新太クン、だね。今は式典ではないから、帽子はかぶらなくていいんだよ」  長い指が、子猫でも撫でるように軽やかに髪をすべる。俺…スーパーモデルに頭を撫でられてる?!  顔を上げると、美しい顔立ちでウィンクされた。お姉ちゃんの言うとおりだ。確かに、こんなルックスでこんな甘ったるい声の人に間近でこんなことされたら、女子は意識不明の重体になってしまう。  案内されて中を見て、これまたビックリ。花模様の分厚そうな布張りのソファー、くるんと丸まった猫脚のテーブル。一番奥には社長室みたいな木製の大きなデスク。その上に、足の上に落としたら大変だろうなと想像がつくような、鉄製の馬の置物と地球儀。窓際にはデンと居座る大きな柱時計、ガラスの扉のキャビネット、飴色のライティングデスク。ここは本当に生徒会室なんだろうかってほどの、アンティークな室内だ。  ソファーには、一番背の高い人と金髪の人、猫脚テーブルを挟んだ向かい側には目元がキリッとした人が座っていて、俺と目が合った。…なんだか怖い…。  馬の置物があるデスクに座っていた人が立ち上がる。眼鏡の生徒会長だ。入学式では帽子で髪型がわからなかったけど、オールバックで大人っぽくて、ますます高校生には見えない。  直立不動になっていた俺は、 ぎこちなくお辞儀をした。 「と、遠野新太ですっ。よろしくお願いしますっ」  生徒会長は、入学式のときのような――いや、それよりももっと優しい笑顔を見せてくれた。 「生徒会室へようこそ、遠野新太くん。私は三年S組、生徒会長の榊聖(さかきひじり)です。どうぞよろしく」  胸に手を当ててお辞儀をする仕草もスマートで、この学園にいれば俺もそんなふうになれるかな…なんて無駄な期待をして…。え? S組…? 確かこの学園は、各学年がAからEの五クラスで。 「あの…失礼ですが、S組というのは何でしょう」  榊会長は、ツーポイント眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「S組というのは、二年生の間に全単位を習得した生徒が、さらにハイレベルな授業を受けるクラスです。今年は十人います」  噂の‟既に全単位を取得した三年生”というのがS組だったんだ。進学クラスってだけでもハイレベルなのに、その上っていうと…想像できない。 「ああ、立ち話も何ですから、ソファーにおかけください」 「あ、はい、失礼します」  座り心地のいいソファーだ。硬すぎず柔らかすぎず。こんな暖かい午後、うっかりうたた寝してしまいそうだ。今は緊張でできないけど。 「はい、お茶をどうぞ。春休みにイングランドに住んでいるお祖母様の所に行って、そのお土産なんだ。フォートナムメイソンの紅茶だよ」  と、花模様のおしゃれなティーカップを置いてくれたのは、金髪の人。青い目に高い鼻、ビスクドールみたいな白い肌。天使を思わせるようだ。日本語が上手な人で助かった。 「あ、ありがとうございます。いただきます」  ふわっといい香りがして、独特の渋味も嫌な感じが全然なくて、とてもおいしい。  金髪の人は、みんなの前にもティーカップを置いた。 「まずは我々の自己紹介ですね。私はすんでいますから――副会長の大和、どうぞ」  榊会長が着席する。それと同時に、向かい側に座っていた一番背の高い人が立ち上がった。そばで見ると迫力がある…。 「生徒会副会長の三年A組、魁大和(さきがけやまと)だ。よろしく」  俺も慌てて立ち上がり、礼をする。 「よろしくお願いします」  右手を差し出され、俺も右手を出して握手をする。一回り大きくてガッシリしてて分厚くて、手のひらにマメはできているけど、手の甲は肌のキメが細かい。温かい手だ。 「実家は剣道場をやっている。残念ながら剣道部は去年、部員不足で廃部になったんだ。君のように俺も学園からスカウトが来たが、自分の頭脳を試してみたくて進学クラスを受けたんだ」  文武両道って、この人みたいなのを言うんだな。それだけじゃない。キリリと凛々しい目元、醤油顔なんて安っぽい名称は似合わない、そんな端正な顔立ちだ。そうか、手のひらのマメは竹刀を握っているためなんだ。 「大和は体が動かすことが大好きでしてね、だから単位は全て取らず普通クラスに残っているのですよ」  デスクで紅茶を飲みながら、榊会長はゆったりと微笑む。その言葉に魁副会長がうなずく。 「ああ、S組は体育の授業は無いからな」  普通では考えられない選択肢だ…。  魁副会長が座り、隣に座っていた金髪の人が立ち上がる。 「僕は会計担当、ジルベール・マルソー。生まれはフランス、ヤマトと同じく三年A組だよ。君のこと、アラタって呼んでいいかな? 僕のことは、ジルって呼んでね」  ニッコリと神々しいほどの天使のスマイルを見せられては、何でも言うことをきいてしまいそうだ。俺なんかが気軽に“ジル先輩”と呼んでいいんだろうか。

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