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共通話-6

 昨日バスに乗って駅前で降り、駅ビル内のデパートと百円ショップで材料をそろえた。ちなみに、平日の外出時も制服着用。目立つ制服なもんだから、周囲の人の視線が痛かった…。  剣先輩は鍋やボウル、ケーキ型、クッキー型、キッチンスケールや木ベラにゴムベラなど、調理器具を完璧にそろえてくれていた。料理上手だってジル先輩に聞いたけど、俺はお菓子作りしかできないから、剣先輩に料理を教わってみたいな。  放課後、西校舎の二階にある部室のドアを開けた。実験室の一部と言ってたけど、うちのキッチンの倍ぐらいの広さはある。まるでプロの厨房だ。ガスコンロは三ヶ所。丸いテーブルには、レースのテーブルクロスがかかっている。…高そうだから、汚さないように気をつけないと…。  木製の真っ白な食器棚には、カップとソーサーが何セットもあり、ケーキ皿やガラスの器、引き出しにはフォークやナイフ、スプーンなどのカトラリーがびっしり詰まっている。これもみんな高いんだろうな…。  さて、さっそくお菓子を作ろう。  生徒会のみなさんはセレブだ。俺の安っぽいお菓子なんて、どう思うだろうか。でも無理して高級なお菓子を作るより、いつもどおりの“安くて”“簡単”“意外な材料”っていう、俺らしさを出した方がいいような気がしたんだ。  エプロンして(これだけは家から持ってきた自前なんだ)手を洗って…と。生徒会のみなさんに喜んでもらうぞ!  俺はワゴンを押して、生徒会室のドアをノックした。部室にはワゴンもあって助かった。さらにはエレベーターもついてる。エレベーターは、荷物がある場合のみ使用可能だ。…しかし…このワゴンも持ち手が金で、二段ある台は真珠貝みたいにキラキラ輝いて、やっぱり高そうだ…。 「やあ、子猫ちゃん。待ってたよ」  出迎えてくれたのは、昨日と同様イブ先輩だった。 「失礼いたします。お茶菓子をお持ちしました」  一礼してワゴンを押す。みんなはテーブルについていたから、五つのお皿をテーブルに並べる。 「新太特製、オレンジ入りブラウニーです」  コーヒーの香りが漂ってきた。ジル先輩が、真っ白な陶器のポットを手にしている。 「ちょうどよかった。今日はパパから送られてきた、コピ・ルアクにしたんだ。コーヒーのお供にはチョコレートがいいからね」  ジル先輩がコーヒーをつぐと、いよいよ試食タイム。みんながブラウニーをフォークで一口分に切り、口に入れた。俺はワゴンの横で、直立不動で様子を見守る。 「…うん、普通においしいね」  と、ジル先輩。 「ああ、素人が作ったにしてはうまい」  魁副会長も褒めてくれているけど…。 「高校生でこれだけのものを作れるんなら、凄いと思うよ」  と、イブ先輩も褒めてくれてはいるけど、反応は普通かな。  このブラウニーは失敗だったかな…? 「…キャラメルソースが入ってるな。わざわざ作ったのか?」  剣先輩が、隠し味のキャラメルに気づいてくれた! 「それ、普通に売ってるキャラメルを、レンジで溶かしたものです」  一斉にフォークを動かしていた手が止まり、俺に視線が集まる。十個のイケメンセレブの目は怖いけど、頑張って説明をした。 「キャ、キャラメルって砂糖と牛乳じゃないですか。だから、溶かしてソース状にして混ぜると、味わいも濃厚になる上にしっとりするんです」 「なるほど…キャラメルソースにしては、よく短時間でできたなと思っていたんだ」  さすが料理に詳しい剣先輩。けど、そんな先輩たちの感想は、悪くはないけどベタ褒めでもないって感じだ。  俺は負けじと説明を続ける。 「時短できたのはキャラメルソースだけじゃないんです。実はケーキの生地は、百円ショップのナッツ入りチョコクッキーを砕いたものです」 「えっ?!」  全員の声がハモる。これが俺の得意とするところ。意外な材料から簡単にスイーツを作る。セレブのみなさんに百円ショップのクッキーを使うのはどうかと考えたけど、このケーキはクッキーの良し悪しはそれほど重要じゃないんだ。 「さらにアクセントになっているオレンジピールは、レンジで作りました。市販のオレンジピールより安上がりです」 「ねえアラタ、このオレンジピール本格的だね。ブランデーの香りがするよ」  おっ、ジル先輩の評価が上がったかな。 「それ、ブランデー入りのチョコレートボンボンをいっしょに溶かしたんです。洋酒の香りをつけたかったけど、未成年だからお酒買えないし」 「トレビヤン(素晴らしいよ)、アラタ!」  セレブのみなさんが、ブラウニーを食べ終えた。残した人は、誰もいない。コピなんとかってコーヒーを飲んでいる。  さて、判定やいかに…。 「遠野新太くん」  榊会長が立ち上がり、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「合格です。アイディアも味も、申し分ない。材料費や時間を節約して、これだけのものができれば上等です。製菓部を認めましょう」  榊会長の拍手に、全員の拍手が重なる。  やった! 生徒会のみなさんに認めてもらえた! 「さっそくですが遠野新太くん。明日より月曜日から金曜日の放課後、我々生徒会のお茶菓子を毎日提供していただけませんか? 君としても、誰かに食べてもらう方がいいでしょう」  毎日成果発表もできるなんて!  これは明日からも頑張らないと!

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