13 / 127

聖-05

 翌日の放課後、教室を出ようとしたら伊東先生から呼ばれた。副理事長室に来てほしいとのことだった。一瞬、足がすくむ。昨日の爆発事故の件だろうか。 「遠野…」  中山が心配そうに俺を見る。そんな中山の方が深刻そうで、なんだか泣きそうな顔だ。 「そんな顔すんなよ、中山」 「でも、クラブが廃部になったら…」  昨日、同室の中山にはオーブンレンジの爆発の件は話した。中山は自分のことのように、すごく心配してくれた。俺は無理やり笑顔を作って、中山を安心させてやった。  理事長は不在のため、副理事長室に向かう。職員室がある校舎の最上階、理事長室の隣だ。ドアの前には、榊会長が立っていた。 「榊会長…」 「事情は伺ってます。副理事長のお話を、私も聞くことになっています」  榊会長もいてくれて心強い。でも、会長は俺のことをどう思うだろう。火の始末ができない、だらしない奴だと失望させていないだろうか。  先生がノックをした。中から返事があり、副理事長室に足を踏み入れた。ドラマなんかで見る社長室みたいに、大きなデスクやソファー、観葉植物が置いてある。床のカーペットは踏み心地がいいけど、地に足がついている感じがしない。  副理事長は、白髪が混じった髪を横分けにした男性。五十代だろうか。入学式で見たけど、こうして直接会うのは初めてだ。デスクの上に乗せた両手を組み、じっと俺たちを見据える。 「製菓部で火災未遂と爆発事故の報告を受けているが、詳細を聞こうと思ってね」 「このたびはまことに、申し訳ございませんでした」  先生が深くお辞儀をする。俺も頭を下げる。見ると、榊会長も頭を下げていた。会長は何も悪くないのに…胸が痛む。 「部長は君だね、ええと確か遠野くん」 「はい、遠野新太です」  俺は副理事長に、部室を出るときは火の元を確かめて、ガスの元栓も閉めていることを告げた。そしてオーブンレンジが爆発した日は、オーブンもコンロもいっさい使っていないことも話した。  それでも、副理事長は腑に落ちないといった難しい表情をしている。  伊東先生が一歩前に出た。 「副理事長、部員が一人だからと遠野に全て任せっきりで、私が準備室にずっといて管理を怠った責任でもあります」  伊東先生は悪くない。悪いとしたら…俺なんだ。 「副理事長、私からもいいでしょうか」  榊会長が申し出た。副理事長は“どうぞ”と促す。 「コンロの火災未遂のときは、溶かしたチョコレートを冷やして固めたお菓子でした。遠野くん、ガスコンロを使った時間は覚えていますか?」 「昼休み、昼食が済んだ後すぐにです。チョコレートを湯煎するためのお湯を沸かしました」 「では、チョコレートの湯煎以外にコンロを使いましたか?」 「いえ、あとの材料はコンビニのシュトレンを刻んだものだけでしたから」  眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、榊会長は俺に質問を続ける。まるで名探偵が推理を披露するみたいだ。 「では、放課後に部室に来たとき、コンロを使いましたか?」  俺は首を横に振る。 「いいえ、必要ないから使っていません」  その日のことを思い返して、部室でしたことを説明した。 「生徒会の活動が終わる時間まで、部室で待機していました。食材の在庫のチェック、レシートをノートに貼って、費用の計算をして、午後五時になる少し前に、お皿やナイフなどを用意して…ほかの細かいことは覚えていませんが、コンロは絶対に使っていません」 「副理事長」  と、榊会長は副理事長の方に向き直る。 「火を使い終えてから、ゆうに四、五時間はあります。コンロが遠野くんの不始末で燃えたのなら、その間に気がつくはずです」 「…ということは…?」  副理事長がほんの少し身を乗り出した。榊会長は、一瞬言いにくそうに口をつぐむ。 「…あまり…はっきり口に出すのは気が引けますが…、遠野くんが部室を出てから何者かがコンロを使い、紙を燃やしたのではと思います」  何者か――誰だろう。部室の鍵を持っているのは俺だ。あと、部室に行き来できるのは伊東先生だけど、伊東先生がそんなことをするはずがない。 「誰が、何のためにだね? 部室の鍵は、部長である遠野くんが持っているのでは?」  火を使い終えてから時間がたっているから、不始末によるものなら俺がすぐに気づくはず。けど、じゃあ誰が完全密室な部室に来て、わざわざ紙を燃やしたんだ。何の目的で。  どちらにせよはっきりと言い切れないため、副理事長から見れば俺は、黒でも白でもないグレーといったとこだ。 「日を空けずに、今度は使っていないはずのオーブンレンジが爆発しました。最初はオーブンレンジが欠陥品ではと考えましたが、誰かがしのびこんだと考えると、今回も遠野くんの不注意ではなく何者かの仕業と考えられます」  理事長は腕を組んで考えこみ、うなるような声を出した。 「あまり警察沙汰にはしたくないが、第三の事故が起きて怪我人が出ても大変だ。何とか手はないか…」  榊会長は、理事長の机の前まで進む。 「私に考えがあります。理事長および副理事長の許可をいただきたいのですが――」  そう言って身をかがめ、何かをささやいた。俺は退室するように言われたので、何を話しているのかわからなかった。

ともだちにシェアしよう!