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聖-07

 校舎に入るドアは開いていた。急いで二階に駆け上がると、部室のドアも開いていた。中に入ると榊会長と、冷蔵庫の前に見たことない生徒が三人いた。三人とも、榊会長の前で怯えるように縮こまっている。 「会長…これは…」 「冷蔵庫のコンセント部分に、このテレビン油を塗ろうとしていましたので、現行犯で取り押さえました」  会長の手には、三人から取り上げた小さな瓶。  冷蔵庫の前の三人は、怯えきった表情をしている。 「あの…この人たち…誰なんですか?」  榊会長は眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。 「美術部の二年生です。テレビン油は油絵に使う物ですが、引火点が低く非常に危険な油です。なぜこのようなことをしたのか、話してくれますね?」  三人のうちの一人が、うつむきながら話し始めた。  彼らを含め、美術部の数人がコンクールでも賞を取れず、全体的に成果が芳しくなく、生徒会から予算を削減された。新年度に製菓部が作られ、生徒会から特別扱いされているのが腹立たしく、事故を起こして廃部させようと考えたそうだ。 「鍵はどうやって手に入れましたか?」 「その…一年の中山に…命令して」 「中山?!」  思わず大声を出していた。この件に中山が絡んでいたなんて。  その美術部員の話では、中山が俺と仲がいいから、お菓子を食べたいとか手伝いたいとか行って潜入させ、隙を見て粘土で部室の鍵の型を取らせたそうだ。 「なるほど…」  榊会長はズレてもいない眼鏡のブリッジを、苛立たしげに指先で押し上げた。 「石粉粘土とエポキシ粘土があれば、そっくりの鍵を作れますからね」  石粉粘土は、手につきにくく外気に触れると彫刻ができるほど硬くなる。中山はパブロバを作った日、わざと部室に残ると言い、その間に石粉粘土で鍵の型を取ったんだ。あの日は中山が部室にいたから、鍵はかけて行かなかった。エポキシ粘土は、乾くと金属みたいになる粘土だそうだ。型ができればエポキシ粘土で合鍵を作る。美術部ならではの犯行だった。  ちなみにオーブンレンジの爆発は、こっそり忍びこんで小さく丸めたアルミ箔を数個レンジの中に入れ、スイッチを入れてすぐに逃げたそうだ。 「中山には…“製菓部のお菓子をつまみ食いするため”と嘘をついて…。成功したら秋の文化祭、正面玄関に飾る絵に推薦してやるって…。できなきゃ、推薦どころかコンクールの出展も許可しない、って脅して…」  あいつも荷担していた――そう知ったときショックだったけど、美術部員の話を聞いて納得した。中山には、つまみ食いをするために鍵の型を取れって言ったんだ。事故を起こして廃部させるため、じゃない。もしもそう言うと、さすがに中山も拒否をする。そのために中山に嘘を言ったんだろう。  その証拠に事故が起きたとき、本気で心配してくれた。まさか先輩たちが事故を起こすとは思わなかったんだろう。それに、部活を再開できて理事会にお菓子を提供すると知ったとき、あいつは心から喜んでくれた。とても演技だとは思えない。 「謝って済む問題ではありませんよ!」  初めて聞く会長の怒鳴り声に驚いた。 「今回もコンセントが燃えたら、火事になることはわかりきっているでしょう! 放火と同じ罪ですよ!」  こんなに怒っている会長は初めて見た。…って、俺も怒るべきなんだけど、驚きのせいで怒るタイミングを逃した…。  美術部三人はその場にくずれて、泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。 「君たちのことは、理事会に報告します。退学処分を覚悟した方がいいでしょう。決定が出るまで部屋で謹慎していなさい」  美術部員を追い出し、会長は深いため息をつくと、ツーポイントの眼鏡を外した。  会長の眼鏡の無い顔…初めて見た。よく見ると切れ長の目で、鼻筋が通ってて、大人っぽい顔立ちなのにフケ顔でないのは、肌のキメが細かいからで…。  ヤバい、なんかドキドキしてきた。 「やっと君の疑いが晴れましたね」  ずっと会長の顔を見ていた俺は我にかえった。 「あ、はい、ありがとうございます。あ…あの、中山は…あいつは見逃してあげてほしいんですけど…」 「合鍵を作ったということは、窃盗予備罪にあたります。ですが――」  オロオロする俺を心配したのか、会長はいつもの優しい笑顔になった。 「中山くんは脅されていたのです。理事会に状況を説明するときはきちんと話して、もちろん無罪を主張させていただきますよ」  よかった…中山におとがめはない。けど、気になることがある。 「でも、どうしてあの人たちがここにいるって知ったんですか?」  会長はドアの上を指差した。 「あそこに、赤外線センサーと防犯カメラを仕掛けました。部活中は遠野くんか伊東先生がいらっしゃいますから、それ以外の早朝と夜間、侵入者があればセンサーが察知してカメラが動きます。同時に、私の携帯にも通知が来るようにしていましたから」  凄い! いつの間にそんな物を!  確かに、ドアの上にはスピーカーのような箱が取りつけてあり、丸い穴が二つ光ってる。箱は壁と同色だから、気づかなかった…。 「榊の系列子会社で、セキュリティー会社があるのですが、そこに頼んで設置してもらいました」  さすが会長。完全無欠のスーパーマンだ。 「遠野くん、冷蔵庫のコンセントを確認しましたが、どうやら油を塗る前のようでした。念のため、中を確認しておきますか?」 「あ、はいっ」  会長に促され、冷蔵庫のドアを開けた俺は、特に何も仕掛けられていないから安心した。明日の活動から、しばらくは部活が休みになる。だから冷蔵庫の中は空っぽだ。明日の材料は、棚にしまってある。  だが、ふと隣の棚を見て固まってしまった。 「…無い!」 「何が無いのですか?」 「材料です! 明日の材料が!」  部屋中を探し回った俺は、愕然とした。ゼリーの素、小麦粉、砂糖、缶詰めのゆであずき、瓶詰めの栗の甘露煮、白玉粉――そういった物たちが、全部ゴミ箱に中身をぶちまけられていた。

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