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聖-08

「ひどい…食べ物をこんな…」  カシャッ、と榊会長は携帯電話の画面をタップし、ゴミ箱を撮影した。 「理事会には、このことも報告しておきます」  ゴミ箱の中の袋を引き上げた。ずっしりと重い。誰かにおいしく食べてもらうために、たくさんの人が一生懸命作った食材だ。これはその人たちの思いが詰まった重さだ。未開封のもあったのに…。  俺はその場に座りこんでしまった。 「手伝いましょう」  榊会長が、ゴミ袋を縛ってくれた。これを焼却炉に持って行くのがつらい。けど、ここに置いててもしょうがない。持ち上げるために立ち上がった。 「食べ物を…こんな…」  怒りで握りしめた拳が震える。 「農家の人や工場の人が…精一杯作って…みんなにおいしく食べてもらうため…なのに」  涙が出てきた。凄く悔しい。作った人の無念さを思うと。 「君は優しいですね。作った人たちのことを思うなんて」  榊会長がしゃがんで、ハンカチで涙を拭ってくれた。その優しさに胸が痛くなって、どんどん涙があふれてくる。  いきなり後頭部をつかまれて、顔に何かが押しつけられた。紺色にグレーのピンストライプ。これは会長のベストだ。  ということはつまり…  ここは…  榊会長の胸?! 「我慢せず、泣きたいときは泣いていいんですよ」  優しい声が頭上から降り注ぎ、それをきっかけに俺は声を出して泣いた。みっともないけど、今は会長の胸が心地いい。背中を優しく撫でてくれて、ずっとこうしていたい気分だ。  ひとしきり泣いて、俺は気づいた。 「あっ! 明日のお菓子、どうしよう!」  夏休みといっても、門限はある。今からコンビニに、なんて無理だ。第一、コンビニじゃ材料がそろわない。  明日の朝一にスーパーかデパートに行っては、お昼ごろにお菓子を出さなきゃいけないのに間に合わない。  また泣きたくなってきた…。 「遠野くん」  俺の両肩に手を置き、榊会長は俺をじっと見る。 「私に考えがあります。緊急事態なので、宿直の先生に許可をもらいます。本校舎に行きましょう」  会長といっしょに、西校舎を出た。会長は足早に歩きながら、どこかに電話をしている。脚が長い会長のストライドは俺の身長では追いつかなく、何を話しているのかわからない。  本校舎についた。階段前で“ここで待っていてください”と俺に言った会長は、宿直室に向かった。  外出許可をもらうんだろうけど、外に出たところでどうするんだろう?  しばらくして会長が宿直室から出てきた。 「遠野くん、今から二十四時間営業の大手スーパーに向かいます」  そう言って、会長は俺の手を握った。  そのまま引っ張られ、階段を駆け上がる。なぜ正門に向かわないのか、考えている余裕はなかった。今俺は、会長と手を繋いでるんだ。一生、繋ぐことなんてないと思っていた手と。長い指で、手のひらは少し汗ばんでいて、それでも気持ち悪さなんてなく、ずっと繋いでいてほしい、そう思う手に。  最上階の四階を過ぎ、まだ走る。奥にある鉄のドアを開けると、会長は俺を引き寄せて抱きしめた。突然のことで声も出ず、黙って会長を見上げた。 「風圧が来ますからね、しっかりしがみついてください」  厚くてこめかみから汗が流れる。心臓の辺りが痛い。真夏に冷房もきいていない階段を走ってきたからだ。そう思おうとしたけど、違うということはわかってる。会長に抱きしめられているから。  心臓の音が聞こえたら恥ずかしいなと思ったけど、会長の鼓動も伝わってくる。速い鼓動が。きっと、走ってきたからだ。俺のとは違う、鼓動の速さ。 「来ましたよ、遠野くん!」  見上げると、まぶしい光とともにもの凄い風が起こった。その光景に、自分の目を疑った。まるで映画のシーンさながらに、ヘリコプターが下りてくる!  黒い機体が少し左右に揺れ、細長いスキッドを屋上に下ろした。プロペラは回り続けている。 「先ほど実家に電話して、ヘリを寄越してもらいました。これで二十四時間営業のスーパーに行けます」  会長に手を引かれ、ヘリコプターに乗った。機体はゆっくり上がる。窓から下を見ると、屋上には丸の中にHの印があるヘリポートが三ヶ所もあった。 「ここの屋上、ヘリポートだったんですね!」  隣に座った会長は、眼鏡を外していた。ハンカチで眼鏡を拭いている。 「ええ。帰省などにヘリで帰る生徒もいますからね。火災など災害時にも使われますが」  さすがブルジョワだらけの名門校だ…。しかもこのヘリコプター、会長の家のものだなんて。 「このヘリコプター、会長のご実家のものなんですね?」 「ええ、自家用ヘリです。車より速いですからね。セスナもありますが、滑走路がありませんので」  凄い…。ヘリだけでなくセスナまで…。  下を見下ろせば、小さな光が点々と灯る中、流れて行く光が見える。あれは高速道路なんだな。初めて乗るヘリコプターに興奮してしまい。窓に両手を当てて小さな光の点を眺めていた。  操縦士が、何やら通信している。ヘリコプターは高度を下げた。公園だろうか。やけに広い場所で、周囲は木に囲まれている。フェンスがあるということは、草野球ができる広場だ。  ヘリコプターを降り、公園を出ると明るい建物があった。二十四時間営業のスーパーだ。  そこで気がついた。  俺…  お金持ってなーい!

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