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聖-09

 自動ドアの前に立ったけど、中に入れない。そんな俺を変に思ったのか、会長が振り返った。 「どうかしましたか?」 「俺…慌てて出てきたから…お金…持ってなくて…」  ああ、本末転倒だ…。でも、会長は怒るでもなく呆れるでもなく。 「そうでしたか」  と穏やかに微笑み、俺に携帯電話の画面を見せた。 「大丈夫ですよ。私が電子マネーで立て替えておきますから、部費で清算していただければ」  さすが! 会長はいかなる事態にも対処できる!  きっと、将来素晴らしいお医者さんになれる!  午後十時を過ぎた店内は、残業帰りのサラリーマンっぽい人がちらほらいるぐらいで、そんなに混んではいない。  安心してカゴにゼリーの素、砂糖、こしあんの素、きな粉、栗の甘露煮を入れた。  けど、あと一つの材料だけ見つからない。あれは駅ビルのデパートで買ったんだ。スーパーではなかなか売っていない。 「遠野くん、何が見つからないのですか?」 「金箔です。水饅頭を作るんですが、あれを散らせば華やかになるのに…」  無くても構わないけど、せっかく理事会のみなさんに召し上がってもらうのだから、おもてなし風に豪華にしたい。  榊会長も、辺りを見回す。 「何か…代用できるものがあればいいのですが…」  製菓コーナーを見た。アラザンやアンゼリカ、花の形のカラーシュガーなど飾りに向いていそうなものはあるけど、きな粉をかけた水饅頭にはどうだろう…。  カゴの中を覗いてみる。 「あ、そうだ! これでできる!」  会長もカゴの中を覗いた。けど、どれで最後の仕上げをするか、わからないようだ。 「遠野くん、金箔の代わりになるものは見つかったのですか?」 「はい! 材料はこれで大丈夫です! あとは明日早起きして頑張るだけです」  会計を済ませてスーパーを出た。ヘリで学園に向かえばすぐだ。もう一度シャワーを浴びてすぐに寝よう。車よりも速いヘリで助かった。  帰りのヘリの中で、 「よければ明日、私にもお手伝いさせてください」  と榊会長が言ってくれた。 「えっ?! ここまでお世話になったのに、これ以上ご迷惑おかけするわけには…」 「迷惑じゃありませんよ。私がしたいのです。私のわがまま、聞いていただけますか?」  そこまでお願いされちゃ断れない。明日の朝、榊会長といっしょに部室で水饅頭を作ることになった。  あ、携帯の通知だ。中山からのメッセージだった。帰りが遅い俺を心配してくれている。帰ったら、全部話そう…。  安心したら眠くなってきた…。学園まですぐだけど、少し仮眠しようかな。  心地いい…。会長の肩? 失礼になるから、どかなきゃ…。でも、俺の肩をしっかりと抱きしめられてるから、離れられない…。まあ、いいか…。  部屋に帰り、コンロやオーブンレンジの事故は美術部員の二年生の仕業で、今度はコンセントにテレビン油をさされそうになったこと、食材を全て捨てられたことを中山に話した。  中山は青ざめて、床に両手をついて頭を下げた。 「ごめんっ! 俺…先輩たちに言われて…。最初は“文化祭のときに、玄関を飾る絵に推薦する”って言われて、それでも泥棒みたいな真似は嫌だって断ったんだけど…」  それから執拗に鍵の型を取れと何度も言われ、そのうち“コンクールへの出展も許可しない”と脅されるようになったそうだ。 「先輩たちに睨まれるのが嫌だから、従ったんだ…でも…でも」  目を何度もこする中山は、涙が止まらないようだ。 「お菓子をつまみ食いするだけって聞いてたから…俺、あんな事故になると思わなくて」  二度の事件が先輩たちの仕業ではと、心配していたそうだ。  やっぱり中山は騙されていたんだ。それは美術部員からも聞いている。だから、中山には腹が立たない。逆に、これだけ苦しんでいたんだから、むしろ同情する。 「もういいよ、中山。お前は騙されていただけだし」 「けど…俺が断固として拒否していれば…本当にごめん! お詫びに何でも遠野の言うことを聞く!」  どう言っても、中山は顔を上げてくれない。俺はしゃがんで、中山の肩を軽く叩いた。 「じゃあ、一つだけ言うことを聞いてもらう。もう謝るな」  中山は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。 「遠野…」 「この件はもう終わり。いつもみたいに俺に接してくれないと、俺が怒るからな」 「お前…いい奴だよな、遠野~」  事故の件は片付いた。中山も、もう嘘に苦しまなくていい。みんな会長のおかげだ。明日もう一度お礼を言わなきゃ。  明日は会長といっしょにお菓子作り。楽しみだな。

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