18 / 127

聖-10

 翌朝、早起きして部室で準備していた。午前八時ごろには、榊会長も来てくれた。 「会長、よかったらこれ、使ってください」  シャツを腕まくりした会長に、予備のエプロンを渡す。オールバックにツーポイントの眼鏡、袖をまくったシャツにエプロン。大人っぽいから“マスター”と呼びたくなるほどカッコいい…。  理事会の定例会の後に出すお菓子は水饅頭。葛粉ではなくゼリーの素で作るんだ。 「ゼリーだとモチモチ感は無くなるけど、のど越しがいいんですよ」  会長は料理をするのが初めてらしい。何でもできる会長に、俺からものを教えるなんて変な感じだな。 「熱いから、火傷に気をつけてくださいね」  丸い湯のみを型がわりにして、ゼリーの素を流す。固まりかけるまで、中のあんを作る。  こしあんに刻んだ栗の甘露煮を混ぜ、団子状に丸める。 「こうやって、手のひらでまん丸にしてください」  丸めたこしあんを乗せ、残りのゼリーを流して冷やし固める。  冷蔵庫で固めている間に、飾りを作る。  しばらくして固まったのを確認すると、湯のみから出して飾りつけ。人数分プラス、俺と会長、先生の分も出来上がり。  ワゴンに乗せて会議室まで来た。  緊張する…。初めて生徒会室に来たときぐらい、いや、それ以上だ。  榊会長がノックをしてくれた。 「失礼いたします。製菓部です。お茶菓子をお持ちいたしました」  会議室の一番奥、中央には二人座っている。一人は副理事長。隣の人は理事長だ。恰幅のいい、少し髪が薄い人。入学式で見たし、入学の手引にも写真が載っていた。俺の動画を見て気に入ってくださった人だ。  理事長の前にガラスの器と紙ナプキンに包んだ竹製のスプーンを置く。涼やかな透明の水饅頭の上を覆うのは、きなことシュクレフィレ。輝く飴は、捨てられてしまった金箔の変わりに、水饅頭をキラキラ輝かせる。 「ほう…、きれいだね。君が遠野新太くんだね。動画を何度も見たよ」 「あ、ありがとうございます」  理事長は、甘い物が大好きだそうだ。今日、製菓部のお菓子が食べられると楽しみにしてくださっていたらしい。  竹製スプーンで細いシュクレフィレをパリッと割り、中の水饅頭をすくう。口の中で、プルプルのゼリーとパリパリの飴が合わさって、何ともいえない食感と甘さが広がる。 「うん、想像以上においしいよ。次の定例会にもお願いしたいね」  目尻を下げて、理事長は水饅頭を味わう。 「まるで洋菓子みたいだが、中は甘さ控えめでおいしいですね、理事長」  副理事長も気に入ってくれた! 「涼しげで、今の季節にいいね」 「ゼリーの水分で、きな粉の粉っぽさが気にならないな」  みんな、口々に褒めてくださる! 中には携帯電話で写真を撮ってる人も。  理事長に、“文化祭を楽しみにしてるよ”と言われ、大成功に終わった。  部室に戻り、テーブルで榊会長とたった二人でお茶にする。 「…おいしいですね。見た目の美しさもいいですが、外側の飴を食べる量で甘さを調節できるのがいいですね」  金箔を飾る予定だったけど、味がある飴の方が結果的にはよかったみたい。会長が入れてくださった薄茶もおいしい。 「会長のお茶もおいしいです。お菓子を食べた後に、さっぱりとほろ苦くて」  理事会に出したのも、会長のお茶だ。聞けば魁副会長が、茶道の家元だったお祖母様からいただいたものらしい。 「大和が点てた方が、何倍もおいしいでしょう?」  何度か、和菓子を作った日に魁副会長のお茶をいただいたけど、味の差はわからない。いいお茶だからかな。 「榊会長、何から何までありがとうございました。今日だって成功したのは、会長のおかげです」  俺は頭を下げた。今までの感謝をこめて。 「いいえ、全て君の力ですよ。理事長のお話にもありましたが、文化祭ではぜひ君にお菓子の販売をしていただきたいと考えてます」  文化祭かあ…。カフェなんて開いたら楽しいかな。クッキーやマドレーヌなんかを出して。  文化祭の後はクリスマス。クリスマスには、立食パーティーがあるらしい。有志で催し物をしたり、料理を提供してもいいそうだ。絶対、お菓子を提供するぞ!  …そしたら…年が明けて…。  榊会長は卒業してしまう。  会長といっしょに過ごせるのは、あと八ヶ月ほどなんだ…。  どうして俺は、もう少し早く生まれなかったんだろう。そしたら、あと二年長く会長といられたのに。  そんなふうにぼんやり考えてたら、頭の上に手を乗せられた。 「どうしましたか?」  ふと正面を見ると、会長の優しい笑顔。それが今、自分だけに向けられていると思うと、嬉しくなる。同時に、胸を締めつけられそうなほど苦しくなる―― 「あ、いえ…その…。会長は卒業したら医大に進んで、お医者さんになるんですよね?」 「ええ、将来は医師になります」  いずれ榊会長は、俺とこうしていっしょにお菓子作って二人で食べたことも、夜遅くにヘリでスーパーに行ったことも、みんな忘れてしまうんだろな…。 「ですが学校は、アメリカの大学に留学してからメディカルスクールで学び、研修医の間も向こうで過ごす予定です」  そんな…!

ともだちにシェアしよう!