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聖-11
榊会長が、アメリカの大学に行ってしまう…!
俺は精一杯の笑顔を作った。たぶん、うまく笑えてないと思うけど。
「会長は凄いですよね…。お父さんの跡を継いで、お医者さんになるんですから。うちなんて、普通のサラリーマンだし」
また、榊会長の手のひらが頭に乗った。軽くポンポンと叩かれ、まるで優しく叱るみたいだ。
「それは違いますよ、遠野くん。確かに医師という仕事は難しく、人の命を預かる仕事です。だからといって、仕事に優劣をつけてはいけませんよ。君のお父様も、ご立派にご家族を養われているでしょう?」
そうか。俺はお父さんの会社のことはよく知らないけど、今だって頑張って仕事してるんだろうな。
「仕事で人を判断していては、医師失格だと思いますよ。医師の前では、みな平等に患者さんですからね」
会長の言葉には説得力がある。会長といると、社会勉強になるような気がする。
「俺、将来病気したら、榊会長に診てもらいます」
お茶を飲み干し、会長は困ったような笑顔を見せた。
「それは複雑ですね…」
えっ…。どういう意味だろう?
「君が病気でつらい思いをしているところを、見たくありませんから」
そんなこと言われたりしたら…。俺だけ特別なのかなって、自惚れてしまう。会長は優しいから、そんなふうに誰にでも接するんだろう。会長は、入学式のスピーチで言ってた。“仲間とともに、思い出をたくさん作ってください”
こうして会長は困っている人を助けてあげたり、思い出作りを手伝ってくれるんだろう。
俺もお茶を飲み干した。冷めたお茶は、どこかほろ苦かった。飲んだ後に大きなため息が出る。
「おや? どうしましたか? 緊張で疲れましたか?」
はい、理事会のみなさんの前で緊張ました――そう言おうとしたのに。
「俺…榊会長が好きです…」
はっ?! 俺、今、何て言った?!
「あ、いや、その…」
慌てて手を振っても、口から出た言葉は帳消しできない。恥ずかしくて会長の顔を見られない! ええと…、何て言い訳しよう…。
「ありがとうございます」
会長は、やはり優しい笑顔を浮かべている。いきなり変なことを言い出して、驚いてないかな…。
「私も君が好きですよ」
「あ…あの」
どう返事をしていいか、わからない。俺から言い出したことなのに。
どこまでも優しい笑みは崩さない。きっと榊会長の“好き”は、魁副会長やジル先輩、イブ先輩や剣先輩に対するものと同じなんだろう。そうして冷静になって考えてみれば、俺の“好き”は、全く違うものだと気づいた。榊会長が好きだ。どうしようもなく、ただ“好き”って気持ちがあふれ出て、勢いに任せて抱きついてみたいって思いに駆られる。
背が高くて美形で、頭が良くて何でもできて、優しくて。そんな会長が好きだ。ずっと、いっしょにいたいと思う。でも無理だ。会長は卒業したら、日本を離れる。アメリカでお医者さんになって、たぶん一生会えない。
そう考えたら涙が出そうになって、堪えていたら鼻水が出てきた。懸命に鼻水をすする俺に、榊会長はベストの胸ポケットからハンカチを出した。
「これを使ってください」
「い、いえ、大丈夫です! すみません!」
会長の、恐らく高級品であろうシルクか何かのハンカチを、俺の鼻水で汚すことはできない!
「鼻風邪かアレルギーでしょうか?」
もうお医者さんになったみたいな優しい問いかけに、俺は正直に答えた。
「その…。会長が卒業したら、もう会えないなって思ったら…泣きそうになって」
もうダメだ。堪えていた涙が出てくる。ティッシュが無くてキッチンペーパーで拭いた。ああ、情けない…この間といい、俺のこと泣き虫だって思ったかな…。
「遠野くん」
「は、はいっ」
キッチンペーパーで鼻をかみ、姿勢を正した。
「夏休みに、君の都合がいい日にうちの別荘に遊びに行きませんか? 熱海にあるんですよ」
別荘…別荘って…何だ…。
「両親と弟と妹は、今年は軽井沢とスイスで過ごします。熱海には管理人しかいませんし、羽を伸ばして遊べますよ」
えっ…
ええーっ?!
榊会長といっしょに、熱海の別荘で夏のバカンスー?!
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