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聖-13
車が止まった。熱海にしては早すぎる。休憩かな?
「さあ遠野くん、荷物を持って降りてください」
「ええっ?! ここで?」
リュックを抱えて降りると、会長はスカーレットにも“来い!”と声をかけた。スカーレットもリムジンから降りる。ここはヨットハーバーだ。レストハウスにお店がある。たくさんの舟やヨットがぎっしりと並んでいる。
「あのクルーザーで、熱海に行きます」
会長が指差した先には、真っ白な大きいクルーザー。熱海まで出ている便なのかな? クルーザーに乗りこんだ俺は驚いた。キラキラのシャンデリア、広々としたソファーに、大理石のテーブル。キャビネット、テレビ、小さなキッチンまである。豪華なホテルみたいだ。
「凄いですね…。高級ホテルみたい…」
「うちが所有しているクルーザーです。家族は軽井沢なので、自家用セスナ機で行きました。熱海や沖縄へ行くときは、このクルーザーを使います」
もう、会長んちのスケールがわからない。スカーレットは定位置なのか、すぐにソファーの端に乗って“伏せ”をしているけど、俺なんかが気軽にソファーに座ったりしていいのだろうかと心配になる。
操縦室にいた操縦士さんに挨拶をして、再び船室へ。会長に促されてソファーに座ると、会長はキッチンに立った。
「遠野くん、アイスコーヒーでも飲みますか?」
「あ、俺も手伝います」
舟が動き出したようだ。陸からどんどん離れていく。
冷蔵庫の氷は、操縦士さんに頼んで買ってもらっておいたそうだ。会長がキャビネットからコーヒー豆の袋を出し、コーヒーメーカーにセットする。
ふと、ガラス越しに景色を見た。空と海の青だけだ。あとは白い雲に小さな舟。小さいと思ってたけど、遠くにあるから意外と大きな船かな?
しばらくするとコーヒーのいい香りがしてきた。出来上がったコーヒーを会長が氷入りのグラスに注ぐと、氷がカランと涼しげな音を立てる。
「お昼ごろには熱海ですからね。それまではのんびりしていてください」
「はい、ありがとうございます」
おいしいアイスコーヒーに、豪華なクルーザー。なんて優雅な旅だろう。スカーレットが退屈したのか、尻尾を振って会長の膝に前脚を乗せる。そんなスカーレットの背中を撫でる会長。学園内では見られない姿だ。これから一週間、会長と二人きり。何か進展するといいな――って、会長はそんなつもりじゃないんだから自惚れちゃいけない。
クルーザーは、そんな俺をモヤモヤした気持ちごと熱海へ運んで行く。
熱海のヨットハーバーに着いた。操縦士さんにお礼を言って、クルーザーを降りた。操縦士さんは近くのホテルに泊まってもらい、途中クルージングしたくなったらいつでも連絡すれば来てもらえるそうだ。
「ここから少し歩きますが、十分ほどです」
十分なら大した距離じゃないけど、炎天下はきつい。海の香りに誘われて、今すぐにでも海に飛びこみたくなる。スカーレットにとっても、真夏のアスファルトは火傷をしてしまうから危険だ。会長はスカーレットを、なるべく影のある所や土や草の上を歩かせる。
「この辺り、大きな家が多いですね」
「別荘地ですからね。貸別荘もありますよ」
着いた所は庭つきの三階建て。庭はプールつきで、かなり大きい家だ。これで別荘なら本宅はどれだけ大きいんだろう…。お城に住んでたりして。
立ち止まった瞬間、汗が吹き出た。暑いからなんだけど、別荘の大きさに驚いた汗も混じっている。会長がインターホンを押すと、男性の声で返事があった。
「聖です」
《はい、すぐ開けます》
鉄の門が自動で開いた!
花壇に噴水、テーブルやベンチ。まるで公園みたいなスペースと、大きなヤシの木があるプールのスペース。庭を一周するだけで散歩になりそうだ。大きな両開きのドアが開き、小柄な中年男性が頭を下げた。
「お帰りなさいませ、聖様」
「いつも管理してくださって、ありがとうございます」
男性は、俺の方にも笑顔を向けてお辞儀した。
「お友達の遠野様ですね。お伺いしております。私はここの管理を任されております、垣内(かきうち)と申します」
「あ、よろしくお願いします。お世話になります」
垣内さんはご夫婦でこの別荘の離れに住んでいる。垣内さんは庭の手入れや車の運転、土地や建物に関する税金などの各種手続きをしているそうだ。奥さんは主に家事担当らしい。
「お邪魔します」
靴を脱いでスリッパを履くと、垣内さんが床にタオルを広げる。スカーレットがタオルの上に乗った。濡れたスポンジで、足の裏を丁寧に拭き、毛をブラッシングする。終わるまでスカーレットはじっとしていた。“よし”と垣内さんが軽く背中を叩くと、スカーレットは会長の後に続く。躾が行き届いてるんだな。
中に案内された。二階まで吹き抜けのリビング、その隣に十人以上は余裕で座れそうな大きいダイニングテーブルのある食堂があり、一階だけでも俺んちより広そうだ。
二階は寝室、 三階は書斎と露天のジャグジーがあるそうだ。
垣内さんが荷物を二階に運んでくれた。リビングのソファーに座ると、ワゴンを押したエプロン姿の女性が入ってきた。
「遠野くん、こちらは垣内さんの奥様で、多恵(たえ)さんといいます」
「聖様、また一段と大人っぽくなられましたねぇ。遠野様、ようこそお越しくださいました。ごゆっくりなさってくださいね」
少しぽっちゃりめで優しい笑顔の多恵さんは、テーブルにアイスレモンティーのグラスを置いた。
「はい、よろしくお願いします」
「すぐ、お食事のご用意をいたしますから、それまでこちらでおくつろぎください」
リビングには、いったい何インチだろうかと思うような大きなテレビ。
アイスティーを飲みながらテレビを見ていたら、天気予報が流れた。東海地方の天気! こうして普段とは違う地域の天気予報を見ると、旅行に来たなって感じがする。これから一週間、楽しみだ。
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