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聖-14
昼食は、シーフードピラフにじゃが芋の冷たいポタージュ、温野菜のサラダだった。多恵さんの料理はとてもおいしい。おかわりをいかがですかと聞かれたので、つい甘えてピラフもポタージュもおかわりをいただいた。ピラフのシーフードは冷凍ではなく、今朝の市場で買った新鮮なもの。ポタージュは牛乳ではなく豆乳を使っていて、味がまろやかだ。
大きなダイニングテーブルの横では、スカーレットもご飯だ。塩こしょうで味つけする前のポタージュに鶏肉を入れたもの、それとドッグフードだ。
「遠野くん、後でプールで泳ぎましょうか?」
「お庭のプールですか? はい、泳ぎたいです!」
海水浴場も近いけど、プールが家にあっていつでも泳げるなんてうらやましい。十五メートルだから小さいと会長は言ってたけど、少人数で泳ぐには充分だ。
食後しばらく休憩してから水着に着替え、強い日差しが照りつける庭に出た。
「ワンワンワン!」
スカーレットが駆けてきた。どうやら水浴びが大好きみたいだな。
会長…眼鏡が無い…。って、当たり前だな。眼鏡が無くて、スラリと伸びた脚。何となくセクシーだ。イブ先輩みたいにモデルになれそう。
プールに飛びこんだ。冷たい水が気持ちいい。隣でも水しぶきが上がった。会長が飛びこんだと思ったけど、スカーレットだった。スカーレットは犬かきでスイスイ泳ぐ。
「よーし、競泳だ!」
俺も犬かきで泳ぐ。これがなかなか体力仕事で、思うように進めない。その隣で、会長がクロールで泳ぎ始めた。長い腕はきれいな曲線を描き、透明な水しぶきが弾け飛ぶ。あっという間に、会長は端っこにタッチした。
「私の勝ちですね」
「クロールはズルいですよ~」
俺も途中からクロールで追いついた。会長を見上げ、ドキッとした。オールバックの前髪が一房落ちて、いつもと違う表情に見える。胸板は思ったより厚いし、水に濡れた肌がセクシー。
改めて、会長ってカッコいいって思う。ああ、抱きしめられてみたい…。とか考えたら下半身にキた。ヤバいヤバい。
「どうしました?」
眼鏡の無い会長にジッと見つめられ、我にかえった。
「い、いえっ、何でもないです! あの…、会長って泳ぎが速いんですね」
「聖トマス・モアにいると、速くなりますよ」
そうだ、文武両道のジェントルマンを育てる聖トマス・モア学園は、体育の授業もハードだ。温水プールもあるから水泳の授業が年中あるんだけど、タイムを計られる。タイムが縮まるまで、とことん特訓させられるんだ。おかげで息継ぎがうまくなったけど。
それからプールを何往復もして、長方形のフロートでプカプカ浮いたりして遊んだ。多恵さんが、お盆に乗せて何やら運んで来てくれた。
「お二人とも、お飲み物はいかがですか?」
ヤシの木陰のテーブルに、二つのグラスを置いた。ソーダ水の中に、カットしたパイナップルやスイカ、メロン、キウイ、パパイヤが入っているフルーツパンチだ。ストローと、マドラーみたいな長い串がささっている。
「ありがとうございます! おいしそう~」
さっぱりとしたソーダに、みずみずしいフルーツ。デッキチェアーで味わってると、南国のリゾート地にいるみたいな気分になる。
フロートで浮かんでいたスカーレットが、いつの間にかプールサイドに上がって走り寄ってきた。ブルブルブルッと体を振ると、水しぶきがいっぱい飛んできた。
「わっ、スカーレット、ダメだよ~」
毛が長いから水分量がもの凄い。
「お行儀が悪いですね、スカーレット」
と言いながら、会長はタオルで顔を拭く。
「先週スカーレットのお誕生日だったんですよ。だから六歳になったばかりなんですが、いつまでたってもお転婆で」
「でも言うことを聞くし“待て”もできるから、充分レディーですよ。ね、スカーレット」
細い顔にまん丸な目。耳の毛が長くて垂れ下がっていて、女性の長い髪みたい。きっとスカーレットは、アフガンハウンドの中でも美人に違いない。
「遠野くんの誕生日は、いつですか?」
「俺、実は明日が誕生日なんですよ」
八月二日の誕生日、今年は会長と過ごせるから幸せだ。幸せを噛みしめながらソーダ水を飲んでいると、会長がいきなり立ち上がった。
「明日?! 明日なんですか?! なぜ早く教えてくださらなかったんですか!」
いきなりのことで、ソーダ水が喉にむせてしまった。
「ゴホッ…、いえ…、聞かれたことがなかったし…」
「ああ、そうですね。取り乱して申し訳ございません」
会長は携帯電話を操作する。
「もしもし? 榊です。…はい、そうです。急で申し訳ございませんが、明日うちにバースデーケーキを届けていただけませんか? はい、すみません。よろしくお願いいたします」
通話を切った会長は、じっと何かを考えこんでいる。
「あの…会長、どちらにお電話していたんですか?」
「熱海に来れば食事などで使うホテルです。明日、バースデーケーキを届けていただくように頼みました」
バースデーケーキって…。普通そういうのを頼んだら、何日かかかると思うんだけど…榊家の権力が計り知れない…。
「会長、俺はここに連れてきてもらっただけで充分幸せなのに、その上バースデーケーキまで用意してもらったらバチが当たっちゃいますよ」
「そんなことはありません。事前にわかっていれば、プレゼントも用意したのですが…」
会長はどうして俺にそこまでしてくれるんだろう。嬉しいんだけど――会長への想いが大きくなるにつれて、苦しいものへと変わってしまう。
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