25 / 127

聖-17

 長い間海で泳いだので、砂浜で休憩することにした。水分補給のため、海の家に飲み物を買いに行った。 「飲み物もいいけど、かき氷食べませんか?」  という俺の提案に、会長も“いいですね”と乗ってくれた。 「イチゴやメロンだと舌に色がついちゃうから、無難にみぞれがいいかな」 「では、私もみぞれで」  すだれがかかった涼しい軒先で、かき氷機が涼しそうな氷を降らせているのを眺めていたら。 「あのー」  と、背後から女性の声。 「はい?」  振り向くと、ビキニの美人なお姉さんが二人いた。バッチリ化粧して、長い爪にはゴテゴテと飾りがあって、アクセサリーいっぱいつけて。泳ぐのに邪魔じゃないのかと、いらない心配をしてしまう。 「私たち二人で来てるんだけど、よかったら一緒しない?」  え???  いっしょ…って?  まさか逆ナンされてるのー?! 「どうかな? 私たち、この近くのホテルにいるんだけど――」  会長はどう返事するんだろう。なんて、俺はあたふたするだけで全部会長に任せようとしている。会長はかき氷を受け取ると、入学式で見せたようなスマイルになった。 「失礼、レディーを待たせておりますので」  丁寧にお辞儀をして立ち去ったので、俺も慌てて後を追った。女の子たちはきっと、残念そうにしてる。二人とも、会長が目当てなんだろうな。男の俺が見てもカッコいいもんな。 …アメリカ行ってもモテるかな…。ヤバい、また泣きそうになった。  スカーレットが待つパラソルの下に戻った。そうか、“レディー”っていうのは、スカーレットのことなんだな。嬉しそうに尻尾を振るスカーレットの頭を撫でてやった。 「ご主人様はスカーレットのことをお転婆だなんて言うけど、ちゃーんとレディーだって認めてるよ」  そう言ってやると、スカーレットはますます尻尾を振る。会長がペットボトルの水を、スカーレットに飲ませながら言った。 「ああして知らない男性をいきなり誘うようなはしたない女性に比べれば、スカーレットは立派なレディーですよ」  ははは…、会長はああいう女性は好みじゃないんだ。ちょっと安心した。でも、アメリカの大学やメディカルスクールや研修先の病院に知的な美人がいたとしたら――会長はいつか、医療関係の人と結婚するのかな。  今は余計なこと、考えないようにしよう。俺は目の前のかき氷に集中した。キーンと頭が痛くなる。でも、甘くて冷たくておいしい。 「別々の味にすればよかったかもしれませんね」 「えっ?」 「そうすれば、遠野くんと半分ずつして二種類の味が楽しめたでしょう?」  か、会長と半分こ! そんなカップルみたいなこと! 火照る顔を冷やすために、溶けかかった氷をグビッと飲んだ。あと五日ある。熱海にいる間に、会長とかき氷を半分こできるかな…。  パラソルとシートを片付け、クルーザーを泊めているヨットハーバーに移動した。垣内さんが、俺たちが来るまで待っていてくれた。操縦士さんもスタンバイしてくれている。 「すみません、お待たせして」 「いえ、いいんですよ。お弁当はクーラーボックスに入れてますからね。ごゆっくりどうぞ」  垣内さんにお礼を言って、クルージングに出発した。多恵さんのお弁当を開けてみた。海苔を巻いたおにぎりに玉子焼き、鶏の唐揚げ、トマトやブロッコリー。普通にお母さんが作るお弁当みたいだ。 「いただきまーす」  唐揚げはジュワッとジューシーで、玉子焼きはほどよく甘い。おにぎりは、鮭とおかかと梅。海に来たときのお弁当って感じがするよな。いかにも野郎の飯、って感じだ。多恵さんは小柄なのに、こんなに大きなおにぎりが上手に握れるなんて不思議だ。おいしいお弁当を食べながら、海の景色を堪能する。 「あ、会長、島が見えますよ」 「あれは初島ですね。今は水着だから観光地をあちこち歩き回るわけにはいきませんから、また別の日に行きましょうか」  おにぎりにかぶりつきながら、初島の観光スポットをいろいろ教えてもらった。  会長は、どっちかというとフォークとナイフでフランス料理でも食べてそうなイメージだけど、おにぎり食べてる会長も男らしくてカッコいい…。  陸がどんどん離れていく。操縦士さんは海外にも行ける免許を持っているから、このまま太平洋横断も可能だ。けど、そこまで燃料が持たないそうだ。  操縦士さんは、ずっと操縦室にいる。クルーザーを泊めて休憩をするときは、その上にある展望キャビネットに上がるそうだ。だから、船室には会長と俺の二人きり。周囲は青い海で、たまに船が通り過ぎるだけだ。ずっとこのまま、海の上にいたい。そうすれば会長はアメリカにもいかず、ほかの人と恋をして結婚する、なんてこともない。大海原に閉じこめて、俺だけが会長の居場所を知っている。そんな状況になったら。会長は俺のことを、好きになってくれるだろうか、と淡い期待を抱いてみる。  日は、だんだん沈みかけてきた。ほんのり空にオレンジ色が広がっていく。 「すでにケーキが届いているでしょうね」  その一言で、今朝のキスを思い出してしまった。お祝いのキス。会長がそんなことをするなんて。 「遠野くん、顔が真っ赤ですよ」 「えっ?! あ、あの…今朝のこと…、い、いえ、何でもないです」  会長はもう、今朝のキスは忘れているんだろうか。それとも、寝ぼけていた俺の夢だったんだろうか。 「会長…、ありがとうございます。ケーキ、楽しみです」 「久しぶりに――」  会長が髪をかき上げ、夕日を吸いこみそうな海を眺めてつぶやく。 「君が作ったスイーツを食べたいですね」  会長からの、二度目のリクエスト。叶えてあげたい。多恵さんに頼んで、キッチンを貸してもらおうかな。会長と過ごせるのは、わずかな時間しか無いから――

ともだちにシェアしよう!