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大和-02

 日曜日、三年生の寮の前に来た。聖トマス・モア学園の寮は三棟ある。一、二年生の寮が二棟と、三年生の寮。三年生は受験勉強がしやすいように一人部屋なんだけど、二年間同じ部屋に住んで三年生になると別の棟に引っ越すんだ。  外観は真っ白な壁で三種類とも同じなんだけど、最上級生の寮ってだけでなんだか緊張する。下駄箱前で待ってろって言われたから、ここで待っていれば魁副会長が来てくれるはず…。 「悪い、新太。待たせたな」 「魁副会長、おはようございます!」  スリッパに履き替えて廊下を進む。十階建てで、ワンフロアに二十室ある。魁副会長は、一階の一番奥の部屋だ。 「さあ、どうぞ」 「お邪魔します」  俺の部屋と比べると、半分くらいの広さかな。棚やデスク、ソファーにローテーブル、ベッドは同じものだ。…あれ? デスク用の椅子が二つある。 「一年生に勉強を教えるからって言って、椅子を隣の奴に借りたんだ。ソファーだとデスクの高さに合わないだろ」 「そうだったんだ…わざわざすみません」  壁には剣道着が掛けられてあって、竹刀も立てかけてある。魁副会長がこれを着て竹刀を持ったところ、見てみたいなあ。 「まずは、どの科目だ?」  漢文の教科書とノートをデスクに広げた。 「漢文なんですけど」  現国と古典は何とかなるけど、漢文が苦手だ。魁副会長が教科書を覗いた。ふわっと柑橘系の香りがする。副会長、フレグランスを使ってるのかな。 「…一、二の次は上、下の順に読む。気をつけないといけないのは、この再読文字だな」  ノートに例文を書いてくれる。凄い…! 教科書を見なくても漢文が書けるんだ。 「副会長って…字がきれいなんですね」  きれいに整った文字で、まるで国語の先生みたいだ。 「小学校のころに、祖父から書道を習っていたからな。芸術科目も、書道を取っている」  着物にたすきをかけて筆を持つ姿なんて、様になるんだろうな。髪が短くて顔立ちも凛々しいし、着物が似合いそうだ。 「漢文を読み下し分にするのも苦戦するけど、白文に返り点をつけろっていう問題が、もっと苦手なんです」  魁副会長が、ノートに書いた文章を指す。 「まずはこの短い文からやってみようか」  一時間みっちり漢文をやって、その次は数学。その前に休憩を取ることにした。 「自販機で飲み物を買ってきてやる。何がいい?」 「あ、俺が行きますよ」 「いいっていいって。ノートを見直して復習でもしとけ」  先輩に飲み物を買いに行かせるなんて申し訳なく立ち上がろうとしたら、大きな手に肩を押されて俺は椅子に戻された。 「シャワー室の前にある自販機だからな、お前に買いに行かせて誰かに見られたら、一年生に使いっ走りをさせてるみたいだろ」  そう言って笑って、魁副会長は部屋を出た。一人になって、ぼんやりと部屋を見回してみた。棚には難しそうな本がいっぱいある。デスクのブックエンドには、教科書とノート。けど、ほかには物らしい物は無くて、きちんと整理整頓された部屋だ。壁に剣道着と竹刀があるから、剣道をする人だってわかるだけだ。 「コーヒーでよかったか?」 「あ、はいありがとうございます。いただきます」  戻ってきた魁副会長から、冷たい缶を受け取った。 「そういえば、魁副会長はレモンみたいないい匂いがしますね」  少し副会長の頬が赤くなった。 「ああ、俺は暇さえあれば素振りとか体を動かしているから…新太に“汗臭い”って思われないよう、制汗スプレーを使ってるんだ」  照れ笑いするところが、なんだか可愛いって思ってしまった。年上の人に対して可愛いっていうのは、失礼だけど。俺も同じ匂いを使ってみたいような気がする。 「それ、どこに売ってるんですか?」 「購買部にあるぞ」  なんと、さすが全寮制の購買部。コンビニ並みに広くて文具などのほか、靴下や下着、菓子類、歯ブラシやタオルなど生活用品も売っているのは知ってるけど、制汗スプレーまであったんだ。次に購買部を覗くとき、同じ制汗スプレーを買ってみよう。  寮の食堂を使うのは朝晩だけだから、昼食は休日でも学園の食堂を使うんだ。学食で魁副会長といっしょに昼食を取って少し休憩した後は、体育の時間。体操服は半袖のポロシャツにジャージ。マシンは体育の時間以外使えないけど、魁副会長がクローゼットにダンベルを持っていて、それを使ってグラウンドの隅でトレーニングをした。 「お…重いです…」 「そうか、プレートを外すか」  副会長のダンベルは十五キロ。さすがにこれを片手で上下させるのはつらい。腕を鍛えた後は腹筋と背筋、その後は三種類のスクワットで脚とお尻の筋肉を鍛える。終わるころには汗びっしょりで息も上がる。魁副会長の息は、全然乱れていないけど。 「よし、トレーニング終わりだ! 無酸素運動の後は有酸素運動。グラウンドを五週して終わろう」 「ひえ~っ! これから走るんですかぁ?!」 「当たり前だ。その方が筋肉がつく。なんなら、ウォーキングにしてやるぞ」  ただ歩くだけじゃなく、背筋を伸ばして腕をしっかり振る。背中や額に汗が伝う。グラウンドを五周、そうして歩きながら、魁副会長は自分の話をしてくれた。  家が剣道の道場で、両親と祖父母、お兄さんとお姉さんがいるんだけど、お兄さんは剣道の腕前に自信がないと跡継ぎを辞退して事業を始め、お姉さんは結婚間近で、よそに嫁いでしまう。副会長が跡を継がないといけないそうだ。剣道の腕を磨くのはもちろんのこと、大学で経営学やスポーツの指導法も学ぶそうだ。  その日は夕食も魁副会長といっしょに食べた。体を動かしたおかげでご飯がおいしくて、三杯も食べてしまった。

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