32 / 127
大和-03
翌日の月曜日。今日のお菓子は、小さく切った食パンに小倉餡とマーガリンを塗って挟んで、油で揚げたもの。餡の甘さとマーガリンの塩っ気がよく合って、油で揚げているからサクサクしておいしいんだ。今日のお菓子も大好評。
「魁副会長、昨日はどうもありがとうございました」
コーヒーを飲みながら、魁副会長がうなずく。
「よかったら、次の日曜日もどうだ? 運動も、続けないと意味がないからな」
紙ナプキンで口元を拭き、ジル先輩が魁副会長を肘で小突く。
「よかったね、ヤマト。弟ができて」
“弟?”と尋ねる俺に、ジル先輩がにっこり笑う。
「うん、ヤマトはね、末っ子だからいつもご両親やおじい様おばあ様から、子供扱いされてきたんだって」
背が高くてガッシリしてて、頭もいいしスポーツ万能で頼りになる人なのに子供扱いされるなんて。お兄さんやお姉さんは、どれだけしっかり者なんだろうか。
次の日曜日も午前中に勉強して、午後からトレーニングすることになった。
そして日曜日、魁副会長に英語と生物を教えてもらい、いっしょに学食で昼食の松花堂弁当を食べていたとき。
「大和さん、こんにちは!」
と、声をかけてきた生徒がいた。手には松花堂弁当を乗せたトレイを持っている。
「やあ、翔 じゃないか、久しぶりだな」
「隣、いいですか?」
魁副会長の返事は“ああ、いいぞ”だけど、それを聞く前から彼はトレイを置いていた。
「新太、彼は鈴原翔 といって、昔うちの道場に通っていたんだ。…やめてから、もう二年以上たつかな」
「ええ。中一の二学期にやめましたから。大和さんが聖トマス・モアを受けるって聞いたので、俺も同じ学校に通いたいから、受験勉強に専念したくて」
進学組一年B組の鈴原は背が高くて髪が短く、細身だけど何となく魁副会長みたいに武道が似合いそうな感じだ。
「俺、E組の遠野新太。よろしく!」
「知ってるよ。製菓部で、毎日生徒会にお茶菓子作ってるんだってね。有名だよ」
普通なら有名だと言われたら、褒め言葉として取るだろう。でも俺は特別に作られた部ということもあって、あまりいいように思っていない人がいることを知っている。鈴原の挑戦的な見下ろす目を見ていたら、俺に対してよくない感情を持っていることがわかる。でも再び魁副会長に向いたときは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「せっかく大和さんと同じ学校に通えたのに、剣道部が無くて残念です」
「今年度から廃部なんだ。去年スカウトした子たちが全員、受験を落ちたらしい。二年生も“練習が厳しい”“成績が落ちた”と辞めてしまうし」
「大和さんは、全国で通用するレベルじゃないですか。たとえ部員が五人に満たなくても、部として活動させてもらえないんですか?」
弁当を食べ終え、お茶を飲みながら魁副会長も残念そうに話す。
「五人いないと団体戦に出られないからな。顧問の先生はいるけど、指導員は今年度から転勤になったし」
「一人でも部活をしている人がいるのに、不公平ですよね」
鈴原がチラッと俺を見る。その視線が痛い。
「よせ、翔。新太が悪いみたいな言い方をするな」
「ごめんなさい」
と鈴原は肩をすくめたけど、その“ごめんなさい”は魁副会長に対するもの。俺たちが席を立つまでは、なんとも居たたまれない気分だった。
午後からは、先週と同じく筋トレだ。メニューが体育以上にキツい。これを淡々とこなす魁副会長は凄い。
今日は先生に許可をもらい、鉄棒を使って懸垂をした。
「一年生はもうすぐボルダリングの授業になって、その後水泳が始まる。今のうちに筋力をつけとかないとな」
魁副会長は一番高い鉄棒を使う。大きな手がしっかり鉄棒を握ると腕の筋肉が盛り上がり、大きな体を持ち上げた。姿勢がピンと伸びてきれいだ。いったい、何回できるんだろうか。俺がギブアップして鉄棒の下でへばっていたときも、まだ続けていた。あの腕、もしかしたら俺がぶら下がれるかな?
最後のウォーキング前に息を整える。正直、このインターバルが無いと体中が悲鳴を上げる。
「副会長、あの大きな鉄棒に届くなんて凄いですね。身長、何センチあるんですか?」
「百九十だ。寮のベッドはギリギリだけどな」
…俺が知る限り、百九十センチ台の人なんて身近にいなかった。俺より二十センチも高いんだ。カッコいいなあ。
「お前もしっかりカルシウムとマグネシウムを取って大きくなれ」
なんて副会長は笑うけど。頑張ったら、あと五センチくらいは伸びるかな?
ともだちにシェアしよう!