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大和-05
気がつけば、ベッドの上だった。病室みたいに白い部屋。ここは保健室だ。
「新太、気がついたか。どこか痛い所は?」
魁副会長が、心配そうに顔を覗きこむ。そうだ、俺はボルダリングの途中で落ちて――!
「魁副会長! 俺の下敷きに…っ! いててっ!」
起き上がると同時に、ふくらはぎに痛みが走った。
「無理するな、足にアザができていたから、保健の先生に手当てしてもらった」
「でも、副会長がもしかして…」
見ると、右手首に包帯をしていた。やっぱり、俺のせいで…!
「す、すみません、俺のせいで怪我を…」
俺は頭を下げた。どうしてちゃんと、副会長の忠告を聞かなかったのか。自分に腹が立って、涙が出そうになった。
「いや、俺がきちんと受け止めていたら、どちらも怪我をしなかったんだ。まあ、俺の方は少しひねっただけなんだ」
もし、魁副会長が剣道部員だったら。練習ができない。もし、試合があったら出られない。俺が台無しにしていたところだったんだ。
「本当に…ごめんなさい…」
「謝らなくていいぞ」
副会長が、俺の髪をくしゃくしゃに撫でた。その優しい手が嬉しい。でも、利き腕ではない左手で撫でている。右手が痛いんだなと思うと、胸が苦しい。
そのとき、サアッとカーテンが開いて、保健の先生が顔を覗かせた。三十代で、牛乳瓶の底みたいなぶ厚い眼鏡をかけた、ちょっと痩せ気味の男性だ。
「遠野くん、気がついたね。足は軽い打ち身だから冷やしておけば大丈夫だよ。シャワーのとき、熱いお湯を長時間かけないようにね。ほかに痛い所や、気分が悪いとかはないかな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
ノックの音がして、体育の先生が入ってきた。
「二人とも、具合はどうだ?」
魁副会長が立ち上がり、礼をする。
「大した怪我ではありませんが、俺の不注意です。ご心配おかけして、申し訳ありません」
「いえ、俺が魁副会長の忠告を聞かなかったんです。副会長が受け止めてくれなければ、もっと大きい怪我だったかもしれません」
俺の肩に、副会長の左手が乗る。
「いや、俺のせいだ。新太は初心者だから、うまく登れないのはわかっていたのに、俺の指導不足だ」
「わかったわかった」
先生はなだめるように両手を振った。
「二人とも、病院へ行くほどの怪我ではないようだな。けど、体育の授業や普段の生活に支障が出るようなら、すぐに相談しろ」
よかった…。副会長におとがめは無い。それだけで安心した。でも、手首の怪我は…。
翌日、何とか痛みも引いてきた。湿布の上から包帯を巻いていたので大怪我に見えたのか、中山に心配された。でも、ひどい腫れは無く、朝起きたときには足の怪我を忘れていたぐらいだ。生活に支障も出ず部活もできる。
俺の方は大丈夫だけど、魁副会長の手首が心配だ。お菓子を届けるときに、具合を聞いてみよう。右腕だし、文字を書くのに不便じゃないかな。
作ったお菓子を何に入れようかと食器棚を探すと、小さな竹で編んだカゴのような器があった。紙ナプキンを敷いて、今日のお菓子・かりんとうを入れた。
かりんとうの材料はうどん。うどんを小さく切って、油で揚げる。黒砂糖を煮詰めた黒蜜に漬け、ざらめ糖をまぶして出来上がり。
俺が作るお菓子は、どこにでもあるような物を使った庶民的なお菓子ばかりなんだけど、セレブな生徒会のみなさんのお口に合うようで助かった。毎回、とても喜んでくれている。
ワゴンに乗せて部室を出た。生徒会室に行く途中、廊下で鈴原に会った。ワゴンの前に突っ立って、怖い顔で俺を睨む。
「お前、大和さんに怪我させたんだろ?」
「えっ…? 何でそれを…」
「今朝、生物室に行くときに、大和さんに会ったんだよ! 腕に包帯してたから、どうしたのか聞いたら…遠野にボルダリングを教えて、って…。それで怪我したんだろ! お前のせいだろ!」
俺は何も言い返せなかった。副会長が助けてくれたおかげで、俺は軽傷ですんだ。でも、副会長はしなくてもいい怪我をしてしまった。確かに、俺のせいだ。
「大和さんはクラブが無いとはいえ、剣道やってる人なんだぞ! お前が余計なことをしなければ…大和さんは…」
鈴原は拳を強く握りしめる。多分その拳で、俺を殴りたいはずだ。彼にとって大和さんは、きっとお兄さんのような存在なんだろう。同じ学校に入るため、一生懸命勉強して…。
「とにかく、もう大和さんに迷惑かけるな。あの人だって受験勉強があるんだからな」
唇を噛みしめ、鈴原はその場を去った。すれ違ったとき肩をぶつけられたけど、拳の代わりなんだなと思った。その肩が、足の打ち身よりずっと痛い気がした。
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