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大和-06
生徒会室で、魁副会長に具合を尋ねた。
「ああ、ほとんど何ともないぞ。字も普通に書ける。明日か明後日には、もうテーピングはいらないだろう」
軽々と回るその手首には、包帯ではなくテーピングが施されていた。鈴原の話では、今朝は包帯だったらしい。昼休みか放課後に、保健室で取り替えたのだろう。おそらく包帯だと俺が心配するだろうから、じゃないかな。
「大した怪我にならなくてよかった…。本当にごめんなさい」
「謝るなって。それより、新太の怪我はどうだ?」
スラックスの裾を持ち上げて、湿布を見せた。包帯は巻かず湿布だけを貼っている。
「湿布のおかげで、だいぶよくなりました。明日体育があるんですが、普通に動けると思います」
「そうか、よかった。でも無理するなよ。歩くのがつらかったら、俺がおんぶしてやる」
魁副会長の広い背中におぶさってる様子を想像してしまい、カーッと顔が熱くなる。
「い、いいですよ~、普通に歩けますから」
「僕は、アラタがヤマトにおんぶされてるとこ、見たいけどね」
なんて、ジル先輩がウィンクをして俺の前に紅茶を置いた。
「何だったら、僕がお姫様抱っこしてあげるけど?」
イブ先輩…もしお姉ちゃんに見られたら、俺が殺されます…。
「そうだ、新太。怪我の具合が大丈夫なら、来週もいっしょに勉強と筋トレをするか?」
来週も――本当は魁副会長といっしょにいたい。でも…。
「いえ、怪我をさせてしまったのは俺の責任ですし、もうご迷惑おかけすることはできませんから…」
「迷惑じゃないって言っただろ? 何事も途中で投げ出すのは、よくないぞ」
その通りだ。魁副会長に勉強を教えてもらってからは、授業についていける。体育だってトレーニングがキツくなくなった。おまけに体を動かした日はよく眠れるし、朝は早起きできてご飯もおいしい。
それはわかっているけど…。鈴原に何て言われるか。
「でも、いいです。ごめんなさい…。また何かあれば、相談してもいいですか?」
「それは構わないが…。遠慮しないで、いつでも言ってくれていいぞ。新太といっしょにいると楽しいからな」
嬉しい…。魁副会長に、そんなふうに思ってもらえるなんて。
「アラタ、顔真っ赤だよ」
「えっ?! 本当ですか、ジル先輩」
みなさんから、さんざん“可愛い”とかからかわれたけど、この生徒会室は居心地がいい。さっきの嫌なことなんて忘れてしまう。
そういえばボルダリングをしたときに、魁副会長からタオルを借りたんだった。きれいに洗ったから返さないと。
風呂の隣の洗濯室でタオルを洗った。ここの洗剤は柔軟剤入りで、タオルがふんわり仕上がって助かった。タオルを畳んで、三年生の棟まで来た。午後十時に消灯前の点呼があり、それ以降は外出禁止で寮の玄関が施錠されるから急がないと。時刻は午後九時過ぎ。明日の放課後でもいいんだけど、借りっぱなしはよくないから、少しでも早く返したい。
というのは建て前。魁副会長に会いたかった。今までみたいに毎週日曜に勉強やスポーツを教えてほしいけど、また迷惑をかけちゃいけない。それに鈴原に睨まれたくない。だから魁副会長に会えるほんの少しの時間は、貴重なんだ。消灯時間までまだあるから、副会長と少し話ができるといいな。
玄関を開けると、三年生の人は誰も見当たらない。仕方なくインターホンを押す。各寮には寮母さんがいて、インターホンは寮母さんの控室に通じている。押すとすぐに返事があった。
「夜分に失礼いたします。一年E組の遠野新太です。三年A組の魁大和さんにお返ししたい物がありますので、お取りつぎをお願いいたします」
《魁くんなら、さっき一年生の子が呼びに来て外に出て行きましたよ》
「そうですか、ありがとうございます」
呼び出した…って、どこにいるんだろう? 行き違いになるといけないし、玄関の外で待っていたら会えるかな?
外に出てみると話し声が聞こえてきた。棟の横、植えこみがある所だ。外灯にぼんやり移る背中――あの身長と肩幅、間違いない、魁副会長だ。向かい側にいるのは鈴原…。あまり会いたくないなあ…。
えっ?! 今…鈴原の声が聞こえたけど…。“好きなんです”って…。
「よろしくお願いします!」
って副会長にお辞儀してる。まさか告白?!
「いいよ。俺も好きだから」
――! 心臓が止まりそうな気がした。
「嬉しい! ありがとうございます!」
二歩ほど副会長に近づく鈴原。あんなにくっついて…。
「はははっ、可愛いな」
鈴原の背に合わせて、少し背をかがめた副会長。二人の距離が近くなって…。その先は何をするのか。見ているともっとつらくなりそうだから、急いでその場を去った。部屋に戻り、脱力してベッドに突っ伏していたら、中山が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたんだ、遠野。具合でも悪いのか?」
“何でもない”と答えた声がしゃくり上げる。俺は泣いていた。そうだ、俺は魁副会長が好きだったんだ…。副会長が鈴原と付き合うことになって、そこでやっと気付くなんて…馬鹿だな。
「な、なあ、どうしたんだよ…。大丈夫なんて言うなよな、絶対大丈夫じゃないんだろ」
中山は本気で心配してくれている。二年間同室で同じクラスの友達なんだ。話だけはしておきたい。俺はベッドに座り、涙まみれの顔をうつむいて隠した。
「中山…もし、好きな人がいて、その人がほかの人と付き合ったら…どう思う…?」
多分、驚いただろうな。今までこんな話、したことなかったから。俺だって驚いた。好きな人がいたこと、今気づいたから。
ベッドがきしんだ。中山が隣に座った。
「俺もさ、中学んとき好きな子がいて、その子は俺の友達と付き合ってさ。めちゃくちゃショックだったけど、もともと本気じゃないっつーか、ちょっと可愛いなってぐらいだったから、一週間ぐらいでケロッとしてたかな」
俺は何日かかるだろうか。それとも、ずっと引きずるだろうか。
「遠野、明日つらかったら休めよ。先生には具合悪いって言っといてやるし」
“元気出せ”よりも“休め”はありがたい言葉だ。中山に甘えて、翌日は頭痛が酷いってことにして授業を休んだ。
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