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大和-07
朝は食欲が無くて食べなくても平気だったけど、さすがに昼になると空腹を感じた。
「遠野、昼はどうする? 学食で許可もらって、運んできてやろうか?」
昼休みに中山が部屋に様子を見に来てくれた。
「大丈夫。食べに行くよ。午後の授業は出る」
「そうか、じゃあいっしょに食いに行こっ」
中山の気持ちは嬉しい。傷には触れず、いつもどおりでいてくれる。
制服に着替えて学食で昼食を取り、午後は普通に授業に出た。けど部活は休んだ。魁副会長の顔を見るのがつらい。情けないとは思うけど、顔見たらまた泣きそうで――
生徒会のみなさんに“今日は体調がよくないので休みます”とメッセージを送った。楽しみにしてたみなさん、ごめんなさい…。
放課後、何かをする気も起きず、シャワーを浴びたらパジャマに着替えて、ベッドに横になっていた。何かをして気を紛らせようと思っても、何をしていいのかわからない。ぼんやりしてたら魁副会長の顔ばかり浮かんで…。
枕元にあるスプレー缶を握りしめた。魁副会長と同じ、柑橘系の香りがする制汗スプレー。購買部で買ったんだ。副会長と同じ匂いでこれをつけていると、そばに副会長がいてくれているみたいで。
自分でもバカだなってわかってる。購買部にあるんだ。無香料と石鹸と、柑橘系の三種類。これだけなんだから、同じ種類を使っている生徒はほかにいる。先生だって使ってるかもしれない。それなのに、俺と副会長だけの匂いだって思いたい。たとえ鈴原が使っていたとしても。
また泣きそうになるのを堪えていたら、ノックの音がした。中山かなと思ったけど、今は部活の時間だよな。
「はーい、鍵開いてまーす」
そう答えたら、ドアが開いた。
「具合はどうだ、新太?」
「さ…魁副会長!」
俺は慌てて飛び起きた。
「顔色はそれほど悪くなさそうだな」
魁副会長は、二つあるソファーの一つに座った。一番会いたいはずなのに、一番会いたくない人でもある。
「ご心配おかけして、すみません…。明日は大丈夫です」
「そうか。でも無理するなよ。みんなお前が心配だからって、全員で見舞いに行こうってことになって。でも全員で押しかけるのは新太に悪いから、代表が一人行くことになったんだが――」
全員、自分が行くと譲らない。仕方なくジャンケンで決めて、魁副会長が勝ったそうな。
「ほかのみんなは、寮の外で待っている。悔しそうな顔をしてたぞ」
クククッと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。魁副会長でも、そんな表情するんだな…。
「これは、寮の食堂からだ」
榊会長が、小さなタッパーウェアを出した。蓋を開けると、中にはすりおろしたリンゴが入っていた。
「食堂で、具合の悪いときにいい栄養になるものはないか聞いてみたら、リンゴのすりおろしが風邪や下痢にもいいと教えてもらって、冷凍保存してたのを解凍してもらったんだ。食べるか?」
「はい、ありがとうございます」
紙ナプキンに包んで持ってきてくれたスプーンで、魁副会長がリンゴをすくう。そのまま俺の方に運んできて――これって、副会長が食べさせてくれるってこと?! 迷ったけど、結局口を開けてしまった。少しシャリシャリ感があって、ひんやりしていておいしい。冷凍保存って言ってたけど、ソースに使うためなのかな。
「あ、口の端についてるぞ」
魁副会長の親指が、口の端に触れる。優しく拭ってくれたその指を、魁副会長はペロッと舐めた。途端に、顔がカーッと熱くなる。
こんなとこ…鈴原が見たら怒るだろうな。俺は恋人がいる人に、何をさせているんだろう。でも、今日だけ。今日だけは独り占めさせてほしい。明日からは、もう副会長のことは諦めるから…。
全部食べさせてもらって、魁副会長はタッパーウェアのふたを閉めた。
「よし、全部食べたな」
大きな手が、頭を撫でてくれる。
「ありがとうございます。おいしかったぁ。後で食堂行ったら、お礼言わないと」
魁副会長が立ち上がった。
「また具合が悪くなったりしたら、同室の中山にでもいいし、寮母さんや俺たち生徒会役員にでも、誰でもいいから相談するんだぞ。そしたら保健の先生に連絡してやるからな」
「はい、ありがとうございました」
“それじゃ”と、副会長はドアに向かう。“行かないで”の言葉が出ない。ドアを出たら、副会長は鈴原のもとに行くんだ。もう、俺のそばにはいてくれない。
「副会長!」
俺はベッドから飛び下りた。
「何だ?」
クローゼットを開け、振り返る副会長にタオルを渡した。
「これ…ボルダリングの時にお借りしていたタオルです。ありがとうございました」
タオルを受け取るとき、副会長の指が少し触れた。この指を握りしめることができたら、どんなにいいだろう。
「わざわざ洗ってくれたのか。ありがとう」
副会長はドアの向こうへ。そして一度も振り返らず廊下を進み、階段を下りた。
魁副会長…あなたの背中を見つめているだけなら、許されますか…?
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