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大和-08

 もうすぐ夏休みだ。夏休み中は生徒会の業務も、製菓部の部活も無い。文化祭に向けてメニューを考えたり、後半はテスト勉強に追われるだろう。そうすれば、魁副会長のことを少しは忘れられる。できれば夏休み中に傷を癒やしたい。  けど、運命は残酷だ。 「新太、夏休みに入ってすぐ、剣道の試合があるんだが…、よかったら見に来てくれるか?」  生徒会室でお茶が終わった後、魁副会長からそう言われ、心臓の辺りがキュッと痛んだ。その痛みをこらえながら俺は聞いた。 「試合…ですか? でも、剣道部って今は無いんですよね…?」 「ああ、姉妹校の剣道部の助っ人を頼まれた。中堅が怪我をして、試合に出られないそうだ」  現在、高校生の剣道の各都道府県大会が、トーナメントで行われているらしい。副会長が助っ人でその試合に出て勝てば、次の試合のころには選手の怪我も治るらしいから。この試合を落としたくない、特に三年生にとっては高校最後の大事な試合になるんだ。  でも、どうして俺を誘うんだろう。きっと鈴原もいるんだろうな。 「駄目…かな?」  そんなに残念そうに言われたら断れない。本当は俺だって見に行きたいんだ。魁副会長が竹刀を手に戦う姿を。でも、俺は遠くから見ているだけ。一番近くで応援できるのは、俺じゃない。  少し考えてから、 「都合がよければ、見に行きます」  と答えた。すごく生意気な言い方だと反省した。魁副会長に誘われたんだから、よっぽどの用事でない限り行くべきなんだ。魁副会長は俺の気持ちを知らない。だから普通に誘えるんだ…。 「ああ、できれば来てほしい。七月二十五日の午前十時からで、場所は――」  魁副会長が書いてくれたメモを受け取り、大切にベストのポケットに入れた。  部屋に帰ってから、デスクで魁副会長のメモをじっと眺める。…魁副会長…やっぱり字がきれいだな…。 「何見てんだ?」 「わっ!」  背後から中山に声をかけられ、危うく椅子から落ちそうだった。 「お、脅かすなよ~」 「ごめんっ、ノックしたけど返事なかったから」  俺、そんなにぼんやりしてたかな。  メモを生徒手帳に大切に挟んだ。時計を見ると、もう六時だった。中山は着替え始めている。俺も七時の夕食までに着替えないと。 「なあ、中山…」 「なーに?」  Tシャツから頭を出した中山に相談してみた。 「…好きな人から剣道の試合に誘われたら…付き合ってる人がいても、応援に行ってもいいかな」 「そんなの、いいに決まってるだろ。向こうから誘ったんならな。けど、遠野の好きな子は剣道やってんのか~。アクティブ女子だな」  女子じゃないけど…。うちには剣道部が無いから、他校の女子と思ったかな。 「ま、お前がちょっかい出さない安全パイで、信用しているってことかもな。普通だったら、彼氏に“そいつ誰だ?”って詰め寄られるけど」  彼氏…俺を知ってるんすけど…。 「でも…何で俺なんて誘ったんだろう…。二人が仲良くしてるとこなんて、見たくないのにな」  俺はスウェットだけ穿き替えて、上半身裸のまま着替えを放棄してベッドにあお向けに倒れた。 「うーん…、会えば引きずるだろうし、そのまま約束ほっぽりだして、忘れてしまうのもありだけど」  着替えを終えた中山が、ソファーにドカッと座る。 「遠野に“応援したい気持ち”があるなら、つらいけど恋愛感情抜きで行ってみるとか」  応援したい気持ち。それはある。たとえ助っ人だろうと、魁副会長には勝ってほしい。 「差し入れ作って持って行ってあげたら?」 「差し入れかあ…。そんなことして大丈夫かな…」 「“二人で食べて”って言って渡せばいいんじゃないかな。そしたら、彼氏に見られても揉めないだろ」  そうだ。俺の唯一の特技。お菓子を作って、魁副会長を応援したい。そうすれば、この気持ちにピリオドをつけられるかな。 「ありがと、そうしてみるよ!」  急いで起き上がり、Tシャツを着た。  翌日生徒会室で、魁副会長に“差し入れ持って応援に行きます”って伝えたら、とても喜んでくれた。  もし鈴原とのことを知らなかったら、俺は有頂天になっていた。俺は勉強も剣道もできる鈴原とは違うんだ。春に会ったばかりなのに、魁副会長に少し優しくしてもらえたからっていい気になって、勘違いして。いつか身の程をわきまえずに魁副会長に“好きです”って告白してたかもしれない。魁副会長が、鈴原のことをずっと好きだったなんて知らずに。  その方が、ショックが深かっただろう。そう考えたら、魁副会長が俺の気持ちを知らないまま、ずっと距離を置いた状態で卒業までいてくれたら、よっぽど幸せかもしれない。  傷は、小さい方が治りが早いんだ…。

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