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大和-09
夏休みに入った。八月十日から二十日まで学園は完全にお盆休みになるので、その間は寮を出ないといけないけど、それ以外はいつでも自由に寮にいられる。
久しぶりに実家で羽を伸ばしたいと思って、授業が終わってすぐバスに乗ったけど、バス停はめちゃくちゃ行列ができてバスも混雑してた。次の帰省からは、翌日か翌々日の方がいいかな。
実家についたけど、のんびりしていられない。魁副会長に差し入れのお菓子の準備をしないといけない。近所のスーパーで材料を買って、準備をすませた。試合は午前十時からだから、もっと早い時間に着いてお菓子を渡さないとな。
翌朝、早起きしてお菓子作りに取りかかる。チョコレートを湯煎で溶かす。その間にオレンジを絞って、皮はすりおろす。すりおろした皮は、砂糖をまぶしてレンチン。ふるった小麦粉に水を加えて――
午前九時過ぎ。試合会場の外、日差しが強いから影になる所にいるけど、この制服は夏服でも目立つのかな。通りかかる人にジロジロ見られる。グレーのフォーマル風なベストとネクタイ、それに普通の制服には無いようなピンタック入りのシャツだから。フロックコート着てたら、注目の的だろう。夏休み中も、学校関連の活動は制服着用が厳守だから、私服では来られない。聖トマス・モア学園の試合ではないけど、一応魁副会長が助っ人として出てる試合だし。
魁副会長にメッセージを入れたけど、出て来てくれるかな…。
「新太!」
「魁副会長! おはようございます!」
副会長は、紺色の剣道着を着ていた。背が高くて髪が短くて肩幅はあるし、いかにも武道の達人って感じだ。
「ありがとう、来てくれて」
走って来たのか頬が赤い。それに汗もかいている。この暑さだから、無理もないか。
「あの…これ、食べてください」
使い捨て容器を差し出した。
「おっ、これはもしかして、ういろうかな?」
「はい、オレンジ入りとチョコレートのういろうです」
甘く似たオレンジの皮のつぶつぶがアクセントになったオレンジ味と、濃厚な生チョコみたいな食感のチョコレート味。オレンジとチョコレートは、意外と相性がいいんだ。容器の中には、一口サイズのういろうが交互に入れてある。
「ういろうって、家で作れるんだな」
「米粉を使うんですが、小麦粉でもできるんですよ」
魁副会長は、蓋を開けてオレンジを一つ口に入れた。
「…うん、うまい! モチモチしてるけど、皮の苦味がケーキみたいな風味で意外にいいな」
続けてチョコレート味も一つ食べる。
「和菓子なのに、洋菓子みたいな濃厚さだな。うまいぞ、新太」
魁副会長は、もう一つずつオレンジとチョコのういろうを食べた。
「こんなにうまい物、俺だけが食べたと生徒会のみんなにばれたら、タダじゃすまないな」
と、楽しそうに笑う。
「あの…よかったら、たくさんあるし、同じチームのみなさんとどうぞ」
「そうだな、あいつらにも分けてやるか」
辺りを見回した。こんなところ鈴原に見られたら大変だけど、もう会場内にいるのかな?
「魁副会長…、その…鈴原も来てるなら、いっしょにどうぞ」
「いや、翔は夏休みの初日から夏期講習があるらしくて」
そうなのか…。だから俺を誘ってくれたのかな。
「じゃ、俺、客席に行きますね」
一礼して中に入り、観覧席に向かった。もしも付き合っていたなら、新太のために勝つからな、なんて言ってくれたかも…と妄想しながら。
試合は五人チームで、まずは先鋒同士が戦い、勝った方は相手の次鋒と戦う。中堅、副将、大将が出て、最後まで残ったチームの勝ち。
姉妹校の清耀(せいよう)学院のチームは中堅が怪我をして出られない。けど、代わりに魁副会長が中堅を務めるのではなくて、どうやら副将として出るようだ。
試合は三本勝負で、先に二本取った方の勝ち。お互いが中堅戦。実力は五分のようだ。素早い竹刀の動きと乾いた音が、迫力満点だ。
相手の竹刀が、面に当たる。サッと白旗があがる。清耀学院の中堅が負けた!
次は魁副会長の番。立ち上がって前に進み、同時に礼をする。身長差がかなりありそうだ。相手の人も背が高そうだけど、魁副会長の方がもっと高い。
「始め!」
ダンッと魁副会長が竹刀で相手を突く。とっさに、相手は竹刀で止める。一瞬、身を引いたかと思えばすぐに竹刀で突く。リーチが長いから、向こうも応戦したいけどなかなか攻撃が届かず、防戦一方だ。
「いゃあーっ!」
離れていても耳をつんざくような気合いの入った掛け声。一瞬、身をすくめてしまう。普段優しい魁副会長からは、想像できない。魁副会長の竹刀が風を切る。
「小手ェーッ!」
やった! 一本取った!
その後も連続で勝負を決め、副将、大将を打ち負かして清耀学院の勝利。客席からは拍手喝采が。俺も魁副会長まで届いてほしくて、手のひらが真っ赤になるまで拍手した。
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