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大和-10
試合が終わり、“おめでとうございます”と魁副会長にメッセージを送ると、“今朝会った所で待っている”と返事があった。
「新太!」
今朝と同じように、魁副会長が駆けて来た。今度は制服姿だった。ブルー系の涼しげな色で、よく見ると同系色のペイズリー柄が入っている夏用のベストだ。
「魁副会長、とてもかっこよかったです。普段優しいのに、剣道やってるときはあんなに迫力あるなんて」
「ありがとう」
と照れ笑いをして、タオル地のハンカチで額の汗を拭う。あの鬼のように強い剣士ではなく、いつもの魁副会長だ。
「駅までいっしょに行こうか」
「はい!」
もしも全寮制でなければ、こうして駅までの道を並んで歩く、なんてことがあったのかな。そしたら寄り道したり、いっぱい話をしたり。そうして、何年も前に出会っていた鈴原よりも、距離を縮められたかな。
「ういろう、ありがとな。チームのみんなも、おいしかったって。礼を言っといてくれと」
「よかった~。作った甲斐がありました」
試合会場の体育館の周辺は、会社やマンションなどが並ぶ所で、大きな国道を越えると、賑やかな商店街になる。その向こうが駅だ。来るときはずいぶん長い道のように思えたけど、こうして魁副会長と話しながら歩いていると、あっという間だ。もう少し、あともう少しだけ長ければ、魁副会長と二人っきりで話せるのに。
駅についた。副会長はまだ寮にいて、明日実家に帰るそうだ。ということは、俺の家に向かう電車とは反対のホームだ。
俺も寮にいたら、いっしょに帰れるのに。いっしょに晩ご飯も食べたかもしれないのに。
「じゃあ、ここで」
改札を通り、いよいよ別れるときが来た。
「はい。今日はお疲れ様でした」
魁副会長に礼をして、ホームに向かおうとした。
「新太」
名前を呼ばれて振り返る。ほんの少しだけ、甘い期待をして。
「今日はありがとう」
「いいえ、こちらこそ、呼んでくださってありがとうございました」
“甘い期待”は、期待だけに終わった。もう一度礼をして、ホームへの階段を上がった。向かい側のホーム、副会長の姿を探す。背が高いし竹刀を担いでいるから、すぐにわかる。あれだけ遠目に副会長を見たのは、入学式のときだったかな。そう、普段は近くにいた。生徒会室で、だいたい向かい側のソファーに座ってて。勉強を教えてくれたときはすぐ隣に座っていたから、制汗スプレーの爽やかな香りがした。ボルダリングをしたときも、副会長は俺を受け止めてくれた。
それなのに、いつから遠くなったんだろう。ああ、そうだ。副会長にタオルを返そうとした日。鈴原が副会長に告白した日。あの日から、副会長が遠い存在のように感じた。遠くから試合を眺め、今もこうして、電車を待っている副会長を遠くから眺めている。
あれ? 副会長が荷物を置いて、階段の方に向かった。何かあったのかなと様子を見ていたら、しばらくたってからゆっくりと階段を上がってきた。真後ろには、白い杖をついた女性がいた。女性は、副会長の肘の辺りを持っている。目の不自由な女性を、案内してあげたんだ。
アナウンスが聞こえた。副会長がいる方のホームに、電車が来るんだ。キョロキョロと周囲を見回した副会長は、俺に気づいて手を挙げた。“じゃあな”と口が動いた。俺も副会長に手を振った。女性に肘を持ってもらったまま、副会長が電車に乗った。女性を座席まで案内してあげる。しきりにお礼を言ってるのだろうか、女性は何度も頭を下げる。その前で副会長は吊革を持って立ち、笑顔で何か答えている。
魁副会長は優しいんだ。その優しさは、俺だけに向けられたものではなく、全ての人に。だから勘違いしちゃいけないんだ。副会長が優しいからって、期待するなんてもってのほか。
副会長が乗った電車を見送った後、俺が待つホームにも電車が来た。
夏休みの間、ずっと副会長に会わなかったら、傷は少しでも癒せるだろうか。副会長に毎日会うのがつらい、そう思っていたのに、実際に会えなくなると寂しくて仕方がない。制汗スプレーはカラになってしまった。俺と副会長を繋ぐものが、途切れてしまったみたいに。
でも夏休みが終わったら副会長に会うのがつらい、なんて落ちこむんだろうな。どうして俺の心はわがままなんだろう。本当は会いたいのか会いたくないのか。ずっと混乱している。
八月に入ったら、そろそろ計画を立ててテスト勉強しないといけないのに。教科書を広げると、副会長が勉強を教えてくれたときのことを思い出してしまいそうだ。
初恋は、うまくいかない。俺が大人になったら、“あのときつらい恋をしたなあ”と笑える日が来るんだろうか…。
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