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大和-11
魁副会長の剣道の試合を見に行った翌日の昼過ぎ。魁副会長から着信があった。
「はい、新太です」
《昨日はありがとう。今、少し話ができるかな》
「ええ、大丈夫です」
話って、何だろう?
《実は…、俺の親戚が三重県で旅館をやっていて。よかったら、遊びに行かないか?》
「えっ…? 三重県に…?」
《ああ、相談してみたら、二人までなら無料で泊まらせてくれるって言うんだ》
海水浴場に近い所で、遊べる所も多いらしい。魁副会長と海に行きたい。でも、鈴原は来るんだろうか…。二人までって言ってたけど、友達二人という意味かな。それじゃあ、俺はお邪魔じゃないか。第一、鈴原が嫌な思いをするし、俺だって二人が仲良くしているところを見たくない。
《…新太?》
ぼんやり考えこんでしまった。何もしゃべらない俺を、魁副会長は変に思ったかもしれない。
「あ、すみません、突然のことで驚いて。その…俺が行ってもいいんですか?」
《遠慮するな。広い旅館の離れの部屋で、温泉もついている。のんびりできるぞ》
「い、行きます! ありがとうございます! 詳しい日にちとか決まったら、教えてください」
勢いで返事してしまった。もし鈴原がいて何か言われたりして気まずくなったら、俺だけ帰ればいいんだ。同室が嫌なら俺だけ別の部屋に泊まって、翌朝に帰ればいい。たった一日だけ副会長と過ごせたら、それでいいんだから。
しばらくして、副会長からメッセージが来た。日程は八月一日から八月三日の二泊三日。午前九時に、新横浜駅で待ち合わせ。
…と決定してから、なんだか不安になった。副会長と、多分鈴原と、三人の旅行?
元から三人仲良しならば、楽しい旅かもしれない。でも、鈴原は俺を嫌っている。正直、俺もあまりいっしょにいたくない。俺が完全に鈴原を嫌いになれないのは、あいつが正論しか言ってないからだ。
魁副会長という剣道の実力がある人がいるにも関わらず、規定どおり剣道部は廃部になった。それなのに、製菓部は俺一人のために特例として作られている。剣道部に入りたかった鈴原からしてみれば、嫌な気持ちになるのも無理はない。それに、俺のせいで副会長が怪我をした。そんなことがあったら、あいつに詰られて当然だ。
こんな俺が、本当にいっしょに行っていいのかな。
不安になって、中山に相談しようと、メッセージを送ってみた。
“この間話した好きな人から海に行こうと誘われたけど、行っていいのかな。多分、三人になると思うけど”
しばらくすると、中山から返事が来た。
《三人って、よく彼氏が承諾したな。どこに行くんだ?》
さっそく俺も返事を送る。
“三重県の伊勢。親戚が経営してる旅館らしい”
中山から、マンガのキャラが“なんだと?!”と驚いてるスタンプが来て、すぐにメッセージも来た。
《泊まりじゃんか! 彼氏のほかに誰か来るのか? それならわかるけど》
“あちらのご厚意で二人までなら無料で泊まれるらしいけど、友達二人ってことかな? それなら三人かも”
中山からは、その三角関係はヤバい。男ならともかく、女子が男子を旅行に誘うのは、もう脈ありかもしれねー。もしくは、彼氏とうまくいってないんじゃ? と、立て続けに返事が来た。
男ならともかく。
そうだ、きっと魁副会長は、何もないただの先輩後輩の間柄として誘ってくれたんだな。中山の言うとおり、俺が女子だったら絶対に誘わないはずだ。
中山は、俺の好きな人が女子だと思っている。男性だと打ち明けたら? 聖トマス・モア学園の生徒会副会長の、魁大和さんだと知ったら?
答えは変わるかもしれない。
“特に誘って問題ないと思ったんだろ”“あの副会長だろ? 遠野に気があるとは思えないな”そんな答えが想像できる。
結局は俺があれこれ考え過ぎてるだけで、副会長は特に深い意味もなく誘ってくれたんだろう。これ以上、意見を求めても仕方ない。というより、男を好きになった俺を軽蔑するんじゃないかという恐れで、副会長のことは話せなかった。
相談してくれた礼を送ると、中山からサムズアップのイラストのスタンプが返ってきた。
副会長と、初めての旅行。そして、最後かもしれない。心の底から楽しみたいけど、そうもいかないだろう。副会長は数ヶ月後には、卒業してしまう。卒業後も会える鈴原とは違う。卒業してしまったら、もうそれっきり。ならばほんの少し、海で過ごしたという思い出だけが欲しい。
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