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大和-12

 八月一日、午前八時四十五分。約束の時間にはずいぶん早いけど、魁副会長を待たせちゃ悪いから予定より早く出た。待合室のソファーは人がいっぱい。副会長は背が高いから、すぐに見つかるだろうな――と辺りを見回したら、ずば抜けて背の高い人がいてすぐにわかった。大きく手を振ると、魁副会長はすぐ俺に気づいて駆けて来た。 「おはようございます!」 「おはよう、新太。待たせてしまって悪いな」 「いいえ、まだ十分以上あります。俺が早過ぎたんです」  魁副会長は、真っ黒なTシャツにデニムパンツにスニーカーという、ラフなスタイルだった。胸板が厚くて脚が長いから、シンプルだけど様になってる。通りがかる女の人たちが、チラッと副会長を見ていく。体格がいいだけでなく、顔もいいからなあ。泊まるところは老舗旅館で、かなり大きいと聞いていたから開襟シャツにコットンパンツで来たけど、副会長みたいにもっとラフな格好でよかったかな? 「乗り換えの名古屋駅まで一時間以上はあるから、何か飲み物でも買うか?」  自販機でペットボトルのお茶を買い、ボストンバッグを担いでホームに上がる。 「あ、あの…俺たち二人なんですか?」 「ああ、そうだけど?」  えぇっ?! 鈴原はいないんだ。これって…二人っきりの旅行?! 目をしばたたかせる俺に、副会長もきょとんとした顔をしている。 「なんだ、ほかに誰かいると思ったのか?」 “鈴原がいると思って”と言えずに、“はい”とだけ言った。 「…俺と…新太だけだ」  と、副会長は頭をかきながら言った。まさかの二人きり。じゃあ、鈴原とは付き合っていないってこと?  アナウンスが聞こえた。のぞみ500系が滑るように走ってきた。中はかなりの人が乗っている。奮発して指定席にしてよかったと、副会長と二人で胸をなで下ろす。新幹線は走り出した。スピードが出ているはずなのに、中は静かで快適だ。シートの座り心地もいい。 「副会長、よかったらどうぞ」  俺は使い捨て容器を開けた。中は、早起きして作ったずんだ餅。 「ずんだ餅じゃないか、わざわざ作ってきてくれたのか。ありがとう」  割り箸で餅を頬張る副会長は、満足そうにうなずく。 「ちょうどいい甘さだな。それに、餅が柔らかい」 「冷凍のむき枝豆を使ったんです。レンチンですぐ柔らかくなるし、簡単にできるんですよ。餅は豆腐を混ぜて、時間がたっても硬くならないようにしてます」 「また、新太の味を独り占めだな」  副会長は嬉しそうにお茶を飲む。そんなこと言われたら嬉しすぎて、何て言えばいいのかわからない…。 「あ、富士山!」  新幹線はいつの間にか浜松を過ぎていたのか。窓の外には絵に描いたような富士山が見えていた。 「…きれいだな」  富士山に見とれている副会長に、思い切って鈴原のことを聞いてみようかと考えた。けど、仮に副会長が鈴原と付き合っていなくても、俺にチャンスがあるってわけじゃない。なんとなく言い出せないまま、新幹線は名古屋駅に着いた。  駅の売店で駅弁を買って昼飯にしようと、魁副会長が提案した。 「おすすめはこれ、みそ丼だぞ」  弁当を買って、特急列車に乗り換える。さすが特急列車。シートが新幹線に負けないぐらい、ゆったりしてる。温泉卵を乗せた、味噌味がしみたカツでご飯をかきこむ。 「副会長、このお弁当おいしいですね!」 「だろ? 伊勢の旅館に行くときは、必ず食べるんだ。この前行ったのは半年前で、祖母の傘寿の誕生日祝いだったな」  ご家族や親戚で宴会場を貸し切って、おばあ様をお祝いしてあげたそうだ。 「そういえば、新太の誕生日はいつだ?」  味噌味のチキンカツをご飯に乗せ、副会長がご飯をかきこむ。 「明日です。八月二日が誕生日で」  お茶を飲み、副会長が驚いて俺を見る。 「本当か?! 偶然だな。俺も明日誕生日だ」  なんと! 副会長と誕生日が同じだなんて! これって運命――って思うのは、うぬぼれ過ぎだな。 「知ってたら、何かプレゼントを用意したのになー…」 「いや、俺だって何も用意してませんよ。それに俺は、副会長といっしょに海に行けるってだけで、めちゃくちゃ嬉しいプレゼントです!」 「新太…」  目が合って、急に恥ずかしくなった。そんな思い切ったことを、言ってしまうなんて。旅は人を大胆にするだか何だか聞いたことがあるけど、二人っきりだからって、俺はがっついたりしないだろうか。 「俺も新太からは、ずんだ餅をもらったけどな」 「スケールが違いますよ」  枝豆と砂糖と餅と豆腐に対して、老舗旅館で二泊三日の旅なんて。差が大きすぎる。 「俺のために作ってくれた、っていうだけで充分レアなプレゼントだと思うけどな」  窓越しにまぶしい光を浴びて、副会長がにっこり笑う。そんな笑顔を向けられるたび苦しくなる。副会長の、そんな優しさを目にするたびつらくなる。 「じゃあ旅行中に新太から何かもらうか、考えておくかな」 「ええっ?! 無茶ぶりはしないでくださいよ~」  そうしておどけて苦しさを紛らせていたら。いきなり副会長は俺の首筋あたりに顔を近づけた。吐息が首筋にかかり、ドキッとした。 「新太、俺と同じスプレーの匂いだな」  副会長と同じ柑橘系の制汗スプレーがカラになったので、実家近くのドラッグストアで同じものを買った。未練がましく、まだ使い続けてる。 「あ、はい…。副会長が使ってていい匂いだなって思ったから、購買部で買いました」 「そうか」  同じものを真似して使うなんて、気持ち悪いヤツだなんて思われたりしないかな。副会長の横顔を覗き見たら、なんとなく嬉しそう――ってのは気のせいか。そうこうしているうちに、列車は伊勢市に到着した。

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