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大和-13

 海の景色を眺めながら、バスに揺られて十五分。バス停から続く道の向こうに、大きな武家屋敷みたいな建物が。 「ここが、父のいとこが経営してる旅館、『翠雨(すいう)』だ」  旅館の名前として変わってるだろう、と言う魁副会長が説明してくれた。翠雨というのは青々とした葉に降る雨。作物を育てる恵みの雨でもあるんだ。ここは緑が豊富で、その緑にそそぐ雨という景色もまた美しい、そんな風流な由来だそうだ。  何代にもわたって受け継がれてきた老舗旅館は、駅から少し離れていることもあり、周囲はとっても静かで政財界やセレブ御用達らしい。魁副会長といっしょでないと、俺なんか門前払いをくらいそうだ…。  松やきれいに手入れされた植木が並ぶ飛び石の通路を進み、玄関に到着。木の障子みたいな引き戸は自動ドア。開くと仲居さんが数人出てきて、床に手をついて“いらっしゃいませ”と出迎えてくれた。 「大和さん、遠いところをようこそ」  と、仲居さんとは違う着物の女性が丁寧に挨拶した。 「お世話になります」 「そちらのお友達も、ごゆっくりなさってくださいね」 「あ、はい、よろしくお願いします」  その女性に案内され(魁副会長のお父さんのいとこの奥さんで、女将さんだそうだ)、離れの部屋に着いた。引き戸を開けると敷石があり、そこで靴を脱ぐ。ふすまの向こうを見て驚いた。十畳以上はありそうな部屋に、床の間の横には大きなテレビ。隣にもう一室あるのだろうか、ふすまがある。  ガラスの障子を隔てて、のんびりできそうなソファーが見える。よくある旅館の、窓辺にソファーが置いてある、あのスペースとは大違い。立派な応接間だ。その向こうはまた、ガラスの障子があって日本庭園風。それに露天風呂がある。  隣の部屋は個室風呂になっていて、サウナもある。こんな豪華な部屋にただで泊まれるなんて、何だか悪い気がする。 「夕食は七時でよろしいかしら?」  お茶の用意をしてくれる女将さんに、副会長は“はい”と答えた。 「では、ごゆっくり」  女将さんが静かにふすまを閉め、俺たちは二人きりで豪華な部屋に残された。  この部屋で…俺と副会長が寝るのか…。って、別にいっしょの布団で寝るわけじゃなし、恥ずかしいな、俺。 「新太、泳ぎに行くか!」  副会長がそう言ってくれたおかげで、変な妄想が出て行って助かった。 「はい!」  タオルや水着を持って旅館を出て、海水浴場に向かった。  さすがに、海水浴場は人でごった返している。でも海も砂浜も広いから、のんびりできる。砂浜が白くてきれいだ。 「よし、この辺にシートを敷くか。準備運動するぞ!」  パーカーを脱いだ魁副会長の姿に、釘づけになってしまった。膝上丈の黒いスパッツタイプの水着がよく似合う、引き締まった逆三角形の体。割れた腹筋がくっきり浮かび上がって、腕や肩も盛り上がっている。ストレッチをすると背中の筋肉も盛り上がって、お尻も縦長に引き締まってカッコいい。近くにいる女の子たちが、チラッと見ていく。背が高くて筋肉質なだけでなく、イケメンだもんなぁ。周囲をよく見ると、男性も副会長をチラ見している人がいた。…羨ましいんだろうな、うん、わかるわかる。 「副会長、日焼け止め塗らないと、後で痛くなりますよ」 「ああ、そうだな」  砂浜に敷いたシートの上に座り、海の家で買った日焼け止めを塗る。 「新太、背中向け」  大きな手のひらに背中を触られ、ドキッとした。肩から腰の辺りまで、ココナッツの香りを漂わせながら手が滑っていく。ひえぇっ! ウエストのゴムを引っ張られて、尾てい骨の上まで触られた! 手つきがいやらしいってわけじゃないのに、下半身にうずくような感覚があった。 「ひゃあっ! くすぐったいですよ!」 「我慢しろ」  副会長は笑いながら、手のひら全体で脇腹を撫でる。くすぐったいおかげで助かった。もうちょっとで、勃ってしまうところだった…。 「俺の背中も頼む」  そう言って俺に容器を渡し、副会長は背中を向けた。広い背中は、にじんだ汗が太陽で輝いて。そんな副会長の肌に触るなんて…。 「し、し、し、失礼しますっ」  肩から手を滑らせ、ウエストのゴム辺りまでジェルを塗りたくる。俺なんかが触っていいのかなあ…なんて緊張しながら。 「ここまで塗ってくれ」  と、副会長は水着の後ろを引っ張った。うわあ、副会長の未知なるゾーンが! 男同士で意識しても変に思われるから、なるべく平然を装って、腰の辺りに指を突っこんでジェルを塗った。…心臓に悪い…。 「しばらく馴染むまでは、砂浜に寝転がっとくか」  ウエストバッグの中から出したサングラスをかけ、副会長があお向けに寝転ぶ。真夏の太陽の下、たくましい胸筋が呼吸に合わせて上下する。その下は男の憧れ、シックスパック。 (魁副会長、好きです)  サングラスで見えないのをいいことに、俺は唇の動きだけで副会長に告白した。

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