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大和-15
海でいっぱい泳いでシャワーを浴びて着替えると、旅館に戻った。夕食の七時まで少し時間がある。
「せっかくだから、露天風呂に入らないか」
浴衣に着替えながら、魁副会長がそう言った。露天風呂、と聞いて心臓が飛び跳ねそうなほど鼓動を打った。風呂。それは海と違って水着は着ていなくて、つまり真っ裸で副会長と二人きり…。そして、お湯の中はタオルをつけちゃいけない。副会長の前でアソコをさらさないといけないし、それは副会長も同じで…。
と、俺だけが頭の中をグルグルさせてたら、副会長はタオルを持って隣の部屋に行った。部屋の奥にドアがあって、脱衣所に繋がっている。そこで浴衣を脱ぎ、室内風呂のシャワーで体を洗った。隣に副会長がいる。シャワーの音が心臓のドキドキ音を消してくれているけど、平然を装うにも限界が来そうだ。体を洗い終えた副会長は、露天風呂へと出る廊下の引き戸を開けた。
竹か何かでできた高い垣根があって、外からは見えない造りだ。西日が強い時間帯だけど、垣根の向こうの大きな木が、影を作ってくれている。なるほど、この木に当たる雨を眺めるのがオツっていうやつなんだな。『翠雨』の名前が理解できる。
いくつもの丸っぽい石に囲まれた池のような露天風呂は、白く濁ったお湯だ。副会長と二人、並んでつかる。
「テーマパークもいいけど、こういう所でのんびりするのもいいだろ?」
「はい。温泉なんて何年ぶりかなぁ。ほかに人がいないから、ゆっくり羽が伸ばせますね」
思いっきりのびをして足も伸ばす。青空の下のお風呂も、気持ちいいもんだ。副会長はバシャバシャッと勢いよくお湯をすくって顔を洗い、バシバシッと両頬を叩く。まるで気合いを入れているみたいだ。
「新太」
「はい」
副会長の方を向くと、真剣な表情だった。
「さっき海で…日焼け止め塗ってから寝ころんだよな。あのとき新太、俺に何か言った?」
「ふぁっ?!」
驚いて、ひっくり返った変な声が出てしまった。
(魁副会長、好きです)
なんて、言えるわけがない!
湯煙の向こうには、じっと俺を見つめる黒い瞳。俺もお湯をすくって、乱暴に顔にぶつける。
「さ、さあ~? 何か言いましたっけ~? 覚えてないなあ~…あはは」
どうしてだろう。声に出して言ってないはずだ。何でわかったんだろう。
「そうか…。俺にとって、何かいいことだったらよかったけどな」
…そうですよね…。副会長にとって迷惑なことだったら――知らない方が幸せだと思います。
夕食は、アワビの刺身や焼いたサザエなどのシーフードでいっぱい。天ぷらまであって豪華だ。女将さんが食事を並べた後、『翠雨』のご主人が挨拶に来てくださったので、お礼をいっぱい伝えた。さっそく新鮮なシーフードをいただく。普段あまり食べない物ばかりで嬉しい!
「この辺は海沿いだから、魚介類が豊富だぞ。松坂牛もうまいし」
「めちゃくちゃうまいです! アワビなんて初めて食べました」
固形燃料に火をつけて、鉄製のちいさなかまどみたいな物に乗っているのは、なんと紙の鍋だ。椎茸や豆腐、ねぎが入っている。紙の鍋なんて燃えないのかなと心配になったけど、意外と丈夫なんだな。なんで燃えないんだろう?
「どうした、新太。鍋が煮えたから、肉を入れて色が変わればすぐに食べるんだぞ」
紙鍋の牛しゃぶ。副会長は、色が変わった肉を小皿のポン酢につけて食べ、ご飯をかきこむ。
「この紙鍋、なんで燃えないのかなーと思って」
なるほどな、と副会長が笑う。
「中に水分があるだろ? そのせいで燃えないんだ」
「不思議ですね。お菓子作りに使えると面白いかも」
不思議な仕組みの紙鍋、牛しゃぶを食べてみた。うまい! これならご飯いくらでも食べられる!
「ここはだいたい家族や親戚と来るんだ。はとこや兄貴はマリンスポーツが好きだからな。家族や親族以外では、新太が初めてだな」
その言葉にドキッとした。副会長が俺を誘ってくれた意味。期待しちゃ、うぬぼれちゃいけないと思っても、頭の中から消えない一つの答え。ここまできたら疑問の一つを解決したい。たとえ、望む答えが返ってこなくても。
「あ、あの…副会長…」
茶碗蒸しを食べていた手が止まり、副会長は俺を見た。
「その…、今日は…鈴原も来てるのかな…って思ってたんです」
「翔が? なぜだ?」
「副会長が…その…鈴原と、付き合ってるんじゃないか…って思って」
思わずギュッと目を閉じた。箸を握る手にも力がこもる。俺は怖かった。ああ、あいつと付き合ってるぞ、の言葉が怖かった。だけど、返ってきた答えは違ってた。
「ちょっと待て、新太」
俺はびっくりするようなことを言ったんだろうか。副会長は茶碗蒸しをかきこみ、お茶を飲んで落ち着いてから、再び真っ直ぐ俺を見た。
「なぜ、俺が翔と付き合ってるなんて勘違いしたんだ? あいつは昔、実家の道場に通ってた、ってだけだぞ」
「でも、俺…見たんです」
副会長と鈴原は付き合っていなかった。ホッと安心するはずが、余計に心臓がバクバク鳴っている。俺もお茶を飲んで落ち着いた。
「副会長にタオルを返しに行こうと、寮の三年生棟に行ったとき…偶然、外で副会長と鈴原が話してるのを見かけて」
天井を向いて、副会長は一生懸命思い出そうとしている。
「あ、あの…、鈴原の口から、“好きなんです”って聞こえて」
「はあ?」
一生懸命思い出そうとしているところを、俺が混乱させてしまった。
「あいつと寮の外で話したときっていったら――ああ! 思い出したぞ!」
副会長は思い切り腹を抱えて笑った。そこに女将さんがデザートのシャーベットを運んできて、
「あらあら、楽しそうね」
と微笑み、シャーベットを置くと笑みを浮かべたまま部屋を出た。
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