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大和-16

「わかったぞ、翔の家で飼ってる猫が子供を何匹か産んで、その一匹をもらう約束をした日だ!」  猫?! じゃあ、“好き”って告白したのは? 副会長が“俺も好き”って言って、鈴原とくっついて“可愛いな”って言ったのは? もう頭の上からハテナマークしか出ない俺に、副会長は説明してくれた。 「翔の家、キャットショーに出るほどの猫を飼っているそうなんだ。アビシニアンって種類なんだ。で、子猫が産まれたんで、一匹引き取ってほしいと」 “好きなんです”は、正しくは“血統書付きなんです”を途中から聞いた俺の聞き間違いだった。“俺も好き”は、昔実家で猫を飼っていたこともあり、家族みんなが猫好きで、つまり“俺も(猫が)好き”。鈴原が副会長に近づいたのは、携帯電話にある子猫の画像を見せたからで。副会長の“可愛いな”は、子猫を見たからで――  全部は俺の勘違いだった。副会長はまだ笑っている。 「わああああっ! 勝手に勘違いして、ごめんなさいっ」  俺は土下座みたいに、床にうずくまってしまった。 「顔を上げろ、新太。俺は気にしていないからな。ほら、シャーベットが溶けてしまう」  めちゃくちゃ恥ずかしい…。俺一人で勘違いして、泣いて、中山にも相談して心配させて、おまけに授業も部活も休んで、副会長にお見舞いに来させて…! 「で、変に気をつかっていたのか。誤解させてたのなら、悪かったな」 「いえっ、違います。副会長は悪くないです。全部俺の勘違いで…」  つっかえていた物が、全部取れたような気がした。副会長と鈴原は付き合っていない。そうわかっただけで、重い荷物が背中から下りたような気がした。  でも、だからって副会長が俺を好きになってくれるとは限らない。可能性はゼロではないけど、そんなことを言ってしまえば宝くじで一等が当たるのも、頭の上に隕石が落ちるのも、可能性はあるんだ。ほとんどゼロに近い可能性が。  食事がすんで、もう一度露天風呂につかろうかと副会長が提案した。“はい!”と喜んで返事したものの、副会長と二人きりの風呂はやっぱり恥ずかしい。  布団は自分たちで敷くからとサービスは断っているから、部屋に布団を敷いてから風呂に入ることにした。  浴衣を脱いで、先に歩く副会長の後について露天風呂に向かうけど、どうしてもお尻に目がいってしまう。目を逸らすため、星空を見上げた。だがそのせいでつまづいて、つんのめってしまった。 「うわっ!」 「大丈夫か?!」  振り向いた副会長に、肩を抱き止められた。 「大丈夫です、すみません」  見上げると胸筋がたくましい副会長が、じっと俺を見下ろしてて…。二人とも、素っ裸なんだよな。このシチュエーション…ヤバい! 「あ、あの、本当にすみませんっ」  慌ててお湯に入ってごまかした。白いお湯は本当に助かる。半勃ちになったのを隠せるから…。  夕方とは違う露天風呂の景色。藍色の空には満点の星が銀色にチカチカ光って、都会じゃ見られない星空だ。 「夜の露天風呂もいいですね」 「そうだろ? 早起きするなら、夜明けの露天風呂も最高だぞ」  日の出の瞬間はここからは見えないけど、徐々に明るくなっていく空を見て小鳥の鳴き声を聞きながら温泉につかるのも、気持ちいいらしい。 「いいなあ~…。それじゃあ明日の朝、副会長が早起きしたら俺も起こしてください」 「ああ、いいぞ。もし起きなかったら、裸にして抱き上げてお湯につけてやる」  その姿を想像してしまい、やっと萎えてきたところだったのにまた半勃ちになる。 「や、やめてくださいよ~、恥ずかしいっ」  ハハハッと副会長が豪快に笑う。  その後、しばらく沈黙が続いた。じっと空を見上げていた副会長が、真剣な表情で俺の方をじっと見た。 「新太、何で翔のことをそこまで気にかけていたんだ?」 「えっ…。だって…二人が付き合ってるとしたら…剣道の試合も今日の旅行も、俺が邪魔になるかなって…思ったんです」 「邪魔になるから、それだけか?」  何もかも見透かしたようなキリッとした目は、俺を問い詰めているみたいだった。湯気に隠れてまた現れる瞳は、依然こちらを向いたまま。 「それだけ…」  魁副会長の目を見ていたら、ごまかしも嘘も通らない、そんな気がした。 「…じゃないと…思います」 「ほかに、何かあるんだな?」  いたずらした物を、後ろ手に隠している気分だ。何も持ってない、と言って通るはずがない。今は後ろ手ではなく心の奥で、引っ張り出さない限り見えはしないんだけど、どうしても嘘はつけない。 「な…なんてゆーか…、嫉妬…」  チャプッ、とお湯が揺れた。副会長が、俺のそばにピッタリくっついている! 「どうして嫉妬した?」  もうそれ以上、聞かないでください…。その理由を知ったら、あなたはどう思いますか? 俺のこと、迷惑だって思うでしょう? ただの弟にしか思えない、って…。  副会長に嘘は言えないけど、逃れる方法は一つだけある。 「…言えません」  隠しきること。ずっと隠していれば、傷つかずにすむ。 「そうか」  そう言って、副会長は俺から離れて、また空を見上げた。

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