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ジルベール-01
(※共通話-08の続きになります)
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《イチゴが食べたいな! どんなスイーツかは、アラタに任せるよ》
というメッセージが、ジル先輩から来た。イチゴを使ったスイーツ。ジル先輩はフランス人だし、フランス発祥のお菓子を何か考えてみるかな。マドレーヌ、フィナンシェ、シュークリーム、エクレア…。考えてみると、フランスには日本でも馴染みの深いお菓子がいっぱいある。何にしようか迷ってスーパーの中をうろうろしているうちに、パンのコーナーに来た。フランスにはフレンチトーストがある。そうだ、パンを使ったスイーツにしてみよう!
月曜日の放課後、出来上がったスイーツをワゴンに乗せ、生徒会室のドアをノックした。
「ボンジュー、アラタ!」
あれ? いつもはイブ先輩が“やあ、子猫ちゃん”とか言って開けるのに、ジル先輩が開けるのは珍しい。
「こんにちは、業務お疲れ様です」
「そろそろ、アラタが来るころじゃないかと思ったんだ。ピッタリだね」
それほど楽しみにしててくれたんだ。これは毎日頑張って作った甲斐があるかも。一礼してワゴンを押す。今日は到着してから、最後の仕上げをするんだ。
「今日のスイーツは何?」
青い目をキラキラさせて、スキレットを見ているジル先輩。あとの四人も、興味深そうにソファーからスキレットを見ている。
「今日はフレンチトースト風、パンのプディングです。卵と牛乳につける代わりに潰したプリンを使いました。キャラメルの味がしますよ」
甘い匂いが生徒会室に広がる。スキレットのプディングを六つに切り分けてお皿に盛り、小さく切ったイチゴとバニラアイスクリームを乗せて、ミントの葉で飾って出来上がり!
「はい、お茶をどうぞ」
テーブルに六つのお皿を乗せると、ジル先輩の紅茶が配られた。
「今日はチェリーの香りの紅茶だよ。フルーツのお菓子によく合うよ」
アツアツなパン・プディングにとろけるアイスクリームの甘いデザートに、少し甘酸っぱい爽やかな紅茶がよく合う。
「プリンを使うとは、いいアイディアですね」
「熱でとけたアイスクリームがおいしいな」
榊会長と魁副会長も絶賛してくれる。セレブのみなさんは普段もっと高いものを食べているだろうけど、材料費が比較的安い俺のお菓子を喜んでくれている。
「おいしいよ! これ、違うトッピングでも食べてみたいね」
「そうだな、旬の果物を使って」
イブ先輩、剣先輩にも好評だ。
「ほっぺが落ちそう~って、こういうのを言うんだね」
頬をバラ色に染めて、ジル先輩がとろけるような笑顔を見せた。
口元を紙ナプキンで拭き、榊会長が“この調子なら、文句なしですね”とつぶやいた。何のことだろう…と疑問に思っていると、今朝理事会の方から届いたという書類を見せてくれた。
「理事会主催の茶話会が開かれるのですが、そのときに製菓部でお茶菓子を作ってほしい、との依頼です」
理事会の茶話会にお茶菓子を提供…緊張するなあ。理事会だけでなく、来賓の方々にも満足してもらえるものを作らないと。
「あ、はい、頑張ります!」
スイーツを食べ、紅茶も飲み終わった。放課後恒例のお茶会が終わると、ジル先輩が透明なビニールに包まれた物を俺に見せた。
「これね、僕が一年生のときにクラス代表になってあつらえたベストなんだ。クラブの部長は、制服以外のベストを着る資格があるから、これをあげるよ」
「い…いいんですか…?」
「ウィ、ビヤンシュ(もちろんだよ)。ずっとクローゼットに入れっぱなしだったんだけど、クリーニングに出しておいたんだ。モノトーンのチェック柄だからあまり目立たないし、浮いてしまわないと思うよ」
丁寧に畳まれたそのベストは、濃いグレーと薄いグレー、それに白のタータンチェックのような模様だ。
ジル先輩が今着ているベストは、赤のタータンチェック。さすがに赤い色は、一年生の中で目立ってしまうだろう。モノトーンなら、あまり目立たないはずだ。
制服以外のベストが許されるのは、生徒会とクラブの部長、寮長、それにクラス代表。一年生でもクラス代表になると自由なベストを着られるけど、全クラスとも代表は、制服のグレーのベストを着ている。すぐには用意できないとか、新入生でいきなり目立ちたくないとか、あるからだろうか。
「ありがとうございます! 大切に着ます!」
部室に戻り、後片付けをして寮に向かった。
ジル先輩が一年生のときに着ていたベスト。今は背が高くてカッコいいジル先輩だけど、一年生のときといえば中学校を出たばかりだし、今より背が低くて可愛いかったかも。白い肌にバラ色の唇。絵画に描かれた天使かビスクドールみたいな感じかな。そんなことを考えながらベストをしっかりと胸に抱えて、ウキウキした足取りで寮に戻った。
夕食の時間、中山といっしょに寮の食堂に来た。メニューは日替わりで一種類だけど、申請しておけばアレルギーの対応もしてくれる。今日は中華だ。しかも、北京ダックにフカヒレスープなどといった、本格的なもの。
トレイをテーブルに置くと、隣のテーブルにジル先輩がいたので挨拶をした。ジル先輩は天使の微笑みで“ボンソワール”と返してくれた。そのときジル先輩の周囲にいた生徒が何人か、一斉に俺を見た。しかも、あまり友好的ではない様子。
…えっ…? 何…?
向かい側で北京ダックを食べていた中山が、俺の方に身を乗り出し、小声で言った。
「あの周囲にいる人たち、ジルベール先輩の親衛隊で、“薔薇 会”っていうらしいぜ」
親衛隊…?
薔薇会…?
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