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ジルベール-02
中山の説明によると、『薔薇会 』は聡明で美しいジル先輩に心酔してるファンたちの集まりで、今年の一年生もすでに二人入会して、現在十名らしい。美術部にも二年生と三年生が一人ずつ、『薔薇会』に入っているそうだ。
「で、ジルベール先輩に言い寄る者や、人気を妬んで邪魔をするような輩を近づけないようにするのが、主な活動だそうだ」
つまり、いわゆるボディガードみたいなものか。美術の授業が無いからと、あえてS組に入らなかったということから、ジル先輩の優秀さはうかがえる。それに加えてあの美貌。肌は白く鼻が高く、細い眉に澄んだ宝石みたいな青い瞳。薄い口紅はバラ色で、そんな顔立ちをさらに美しく引き立てるのは、輝かんばかりの蜂蜜色の髪。生徒会にご縁が無ければ、神々しすぎて近寄りがたい。ファンが心酔するというのも納得できる。
「そんなに守りたいなら、生徒会に入らないの?」
「と思いきやジルベール先輩は、『薔薇会』が生徒会に入るのを拒否しているらしい。業務に支障が出たら困るからかな」
なるほど、そりゃそうだろう。生徒会で『薔薇会』のメンバーがズラリとジル先輩に張りついてたら、ほかのみなさんも迷惑だろう。
美術部にもメンバーがいる、ということは中山の先輩がいる、ということだな。中山が目をつけられると困るし、彼らを刺激しないように気をつけよう。
さて、もう焼き上がるころだろう。オーブンを開けてみた。ふわっと甘い香りの中に、チーズの香りが混じる。
今日のお菓子は、チーズとトマトのクッキー。湯むきして潰したトマトと粉チーズをクッキー生地に混ぜて焼くんだ。これが好評だったら、ほうれん草やかぼちゃなどの野菜クッキーも焼こう。
「失礼します」
イブ先輩にドアを開けてもらい、ワゴンを押して入った。いきなり、ジル先輩のハグで迎えられる。
「アラタ、それ似合うよ! やっぱり君にあげてよかった!」
今日から、ジル先輩のお下がりのベストを着ている。一年生で指定外のベストを着ているのは俺しかいなくて、廊下を歩くときも何となくコソコソとしてしまう。
「ちょっと大人っぽすぎるかなって思ったけど、上着やネクタイとも合う色だし気に入ってます。ありがとうございます。ちょっと遠慮がちに歩いてしまいますけど…」
「堂々としてるといいよ。君は立派な部長だからね。ここのモットーは“文武両道なジェントルマンを育てる”だけど、ジェントルマンの素質は礼儀作法だけじゃなくて、正義感があって堂々としていることも含まれるんだよ」
ジル先輩にそう諭されたけど、俺は三年間でジェントルマンになれるのだろうか…。
クラス代表は成績が優秀なだけでなく、リーダーシップも必要だ。それに、人望があって品行方正。職員会議で決定されるが、二、三年生は進級時に決定する。一年生は入試と中学時代の経歴(ボランティア活動をしたとか、生徒会や委員を務めたかなど)により入学後一週間で、決定が下される。
榊会長や魁副会長がいる中で、一年A組の代表はジル先輩に決定した。ジル先輩によると、中学時代に生徒会長を務め、率先してボランティア活動をしていたそうだから、それを認めてもらえたんだろうって。
今日のトマトクッキーも好評だった。甘さ控えめで、トマトの甘味がしっかりついているから、スープがあれば食事代わりにもなる。
後片付けをするために、ワゴンを押して部室に戻った。ドアの前に、四人の生徒が立っている。このままじゃ、ドアを開けられない。
「すみません、ドアを開けます」
そう言っても、ドアの前から去ってくれない。それどころか、いきなり腕をつかまれた。
「お前、それは我が“薔薇の君”が、一年生のときに着ていたベストだろう?」
「ば…薔薇の君…?」
別の生徒が一歩、俺の前にズイッと出た。
「生徒会会計、三年A組、ジルベール・マルソーだ」
もしかしてこの人たち…。その嫌な予感が当たった。別の、眼鏡をかけた生徒が上着の内ポケットから、薔薇の絵が書かれたカードを出した。
「我々は、薔薇の君ジルベール・マルソーに忠誠を近い守る騎士 、『薔薇会 』の三年生だ」
ジル先輩の親衛隊。目をつけられたくない人たちに、早速目をつけられてしまった…。
「このベストは、ジル先輩が俺にくださったんです」
このベストは俺のサイズにほぼピッタリだから、ジル先輩は背が伸びてベストを新調したんだろう。
「君は、クラス代表を務めるという栄誉が、どんなものかわかっているのか?」
「わかってます。成績だけでなく、中学での活動の賜物だとうかがいました」
「その栄誉を記念して、薔薇の君はお父上の会社を通じて高級ブランドでベストを仕立てたのだ。君みたいな一般庶民が着ていいものではない!」
カチンときた。確かにジル先輩はセレブで優秀で、この人たちもブルジョワでジル先輩と入学時からいっしょかもしれないけど。このベストはジル先輩が俺にもベストを着る資格があるから、くれたものなんだ。…って、頭ではわかっているんだけど…。
“堂々としていればいい”
そう、ジル先輩は言ってくれた。でも胸を張れない。ただのお菓子作りが好きな、たまたま理事長に気に入られて入学できただけの一般庶民は、先輩たちに楯突きたくない。第一この中には美術部の、中山の先輩がいる。俺が生意気な態度を取れば、あいつの立場も悪くなるだろう。
「…すみませんでした…」
上着を脱いでベストを脱ぎ、部室に入った。
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