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ジルベール-04
土曜日、いっしょにランチして、その後すぐジル先輩に美術館のレポートの書き方を教わることになっている。気に入った作品は何点かピックアップしたから、そのメモを持ってきた。
待ち合わせは正午きっかり、学食で。今日のランチは、ローストビーフのサンドイッチにカモのテリーヌ、スモークサーモンのサラダ。おしゃれなバスケット風のお弁当になっている。座る場所を探していたら、肩を叩かれた。
「ボンジュー、アラタ!」
「あ、ジル先輩、こんにちは」
「せっかくだから、中庭に持ってって食べようか」
「外で食べていいんですか?」
もちろん、とジル先輩はバスケットとフォークを持って学食を出た。俺もついて行って購買部でジュースを買い、中庭に出た。噴水があって、周りは花がいっぱい咲いている。ベンチもたくさんあって、よく見るとベンチでバスケットを膝に乗せて、ランチしている人もいる。
「休日はね、こういうお弁当タイプになってるから、外で食べる生徒も多いよ」
後で箱を返しておけば、どこで食べてもいいそうだ。
ちょっとしたピクニック気分で、ジル先輩とベンチに座りサンドイッチのランチを食べた。
「これからは暑くなるから、秋になったらポプラが生えている裏庭でランチ、もいいかな。ベンチが無いからシートが必要だよ」
なんと、シートは購買部に売っているそうだ。ベンチの無い所で弁当を食べたい、という生徒たちからの要望で。
「ぜひ、いっしょに食べましょう!」
テリーヌにパクついてた俺は、一瞬、フォークが止まってしまった。いっしょに、なんて厚かましいかな…。
「うん、涼しくなったらね。約束だよ」
初夏の日差しを浴びて、ジル先輩の金色の髪が輝く。黄金の髪と同じく、笑顔も輝いていた。
午後からレポートの書き方をジル先輩に教わり、二時間ほどでレポートは書き上がった。部屋を出て、寮の玄関までジル先輩が送ってくれる。三年生の寮内を一年生が歩きづらいだろうから、って。
「ありがとうございました、ジル先輩。できれば何かお礼をしたいんですけど」
「いいよ、お礼なんて。でも何かしてもらえるなら、またお菓子のリクエストをしていいかな?」
「はい、何でも作ります」
ジル先輩は宙を見上げて、何やら考えこむ。しばらくして、パッと明るい笑顔になった。
「そうだ、ワッフルがいいな。アラタが作ったワッフルが食べたい」
「ワッフル…ですか…」
何でも作ると言った手前、困ってしまった。家にいるときは、ワッフルを作ったことがあるけど。
「どうかした?」
「ワッフルメーカーが無いんですけど…。似たようなものなら作れるんですが」
「じゃあ、ワッフルメーカーを買いに行こうよ、明日! 予算が足りないなら、臨時予算として出してあげるよ」
部費は充分ある。ワッフルメーカーなら楽勝で買えるぐらい。会計のジル先輩は、余裕をもって製菓部に予算をくれている。そして明日、駅前のデパートにワッフルメーカーを買いに行くことになった。
日曜日、デパートは人でごった返している。寮住まいで電車やバスに乗る必要もなく、おまけに広い学校で生活しているため、人混みが余計苦手になったようだ。人の波についていけない。
「アラタ、はぐれちゃうよ」
そう言ってジル先輩は、俺の手を引っ張ってくれた。背が高くて金髪で美形なジル先輩は、目立ってしまう。おまけに男同士で手を繋いで、余計に周囲の注目を浴びてしまう。特に女性の目線があからさまだ。
ジル先輩は麻のオフホワイトの薄いジャケットに、黒いタンクトップとシルバーのネックレス、スカイブルーのデニムパンツに涼しげなスリッポン。どこのファッション雑誌から飛び出したんだっていうぐらい、センスがいい。イブ先輩みたいに、モデルになれそうだ。
手を繋いだままキッチン用品の売り場に着いた。ワッフルメーカー一つでもいろいろ種類があったけど、二つ一度に焼けるタイプで、プレートをつけ替えればホットサンドも焼ける機種にした。
「甘いホットサンドって作れる?」
「バナナとチョコレートとか、あんこを入れてもおいしいですよ」
「それも作ってよ。食べてみたいな」
なんて話しながらデパートを出ようとしたら、ふと気づいて立ち止まってしまった。次の土曜日は、理事会主催の茶話会だ!
「どうしたの、アラタ? 忘れ物?」
「あ…はい、今度の土曜日が茶話会なんで、そのときにチーズケーキを焼きたいんです。せっかくだから、いいクリームチーズを買おうかなって」
「いいね、それ。じゃあ、地下に行こうか」
ジル先輩からデンマーク製がいいよと教えられ、ちょっと高級なクリームチーズを買った。このチーズのよさを損なわないよう、土曜日は頑張って焼かなきゃ! 午前十時からだから早起きしないと。
買い物をすませデパートの出入り口まで来たとき、“ジルベール”と声をかけてきた人がいた。…ヤバッ! 『薔薇会』の三年生だ! 美術鑑賞会で、“会長”と呼ばれていた長身の人…。
「やあ皆藤 、君も来てたんだ」
「買い物でもしてたの?」
皆藤と呼ばれた長身の三年生は俺に一瞥をくれることもなく、ジル先輩に話しかけた。
「うん、製菓部で使う物をね。それと、土曜日の茶話会でチーズケーキを焼くそうだから、デパ地下の高級なクリームチーズも買ったんだ」
「へえ、そうなんだ」
また何か言われるかと思ったけど、皆藤さんって人はにこやかに話してる。俺の存在は全く無視…ってとこが、気になるけど。
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