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ジルベール-07
月曜日、お菓子を一人分余分に作ってほしいとジル先輩からメッセージが来た。今日はお客さんがいるようだ。ちょうどよかった。今日のお菓子は、いくらでも数を調節できるんだ。バットにたくさんアルミカップを並べて、そこにチョコレートを流す。メレンゲが焼きあがったようだ――
できたお菓子を生徒会室まで運んだ。なんと、生徒会のみなさんに加えて、三年生で『薔薇会 』の会長であり音楽部所属の、皆藤さんまでいる。俺に背を向ける形で立っていた。
「皆藤、アラタも来たことだし、正直に話してもらおう。金曜日の夜、君は製菓部の部室からクリームチーズを盗んだだろう?」
いつになく厳しい表情のジル先輩は、脚を組んでソファーに座っている。…不謹慎だけど、そんな姿も彫刻みたいでキレイだ。
「何の話かと思ったら…ジルベール、なぜ僕がそんなことをしないといけないんだ?」
鼻で笑うように言う皆藤さんに、ジル先輩は表情を変えない。依然、厳しいままだ。
「君は金曜日の午後七時、音楽室に忘れ物をしたと職員室に鍵を取りに来た。そのときに、製菓部の鍵を取ったんだろう?」
「ひどい言いがかりだね。確かに忘れ物を取りに音楽室に行くため鍵を借りたけど、製菓部の鍵なんて取ってないよ」
「当日、部活終了後に鍵の確認をした都筑 先生から、裏づけは取ってあります」
榊会長がデスクから眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、皆藤さんを睨みつける。
「音楽室の鍵は忘れ物を取りに行ったために無いのはいいとして、製菓部の鍵がまだ返っていないと気づき、用事を済ませたら後で見に行こうと思ったそうです」
部活は、何かの大会前や行事前など特別な理由が無い限り、午後六時までと決まっている。
製菓部の鍵が戻っていないのを不審に思った都筑教諭だが、すぐに戻っていたので特に気にしなかったそうだ。
「そ…それのどこに僕がやった、って証拠があるんだよ。それ以降に誰かが鍵を取ったかもしれないだろ!」
ジル先輩が立ち上がり、皆藤さんに近づき真正面に立つ。
「君はあの高級クリームチーズが、茶話会に出されるのを知っていた。アラタに対する嫌がらせとして食材を盗むなら、クリームチーズしかないんじゃない? 君たち『薔薇会』はアラタを快く思っていないようだからね」
“馬鹿馬鹿しい”と、皆藤さんはまた鼻で笑う。
「部室にしのびこんだ犯人は、たまたまデンマーク製のクリームチーズを見つけたんだろ? それを僕になすりつけられても――」
「ビンゴ」
と、ジル先輩が左手をピストルの形にして皆藤さんに向けた。
「僕はデパートで会ったあのときも今も、チーズがデンマーク製だとは一言も言ってないよ。どうしてデンマーク製だとわかったんだい? まるで部室の冷蔵庫を覗いたみたいに…」
皆藤さんの顔が青ざめた。額に汗も浮かんでいる。
「こ…高級な…っていったら…デンマークのかなと…」
震える唇で皆藤さんが言い訳するけど、ジル先輩は冷たい表情を向けたまま。
「高級だからって、デンマーク製とは限らないんだ」
皆藤さんのこめかみに、汗が伝う。
「あ…その…、あの後で、君たちが持っていた袋の…店を見に行ったんだ…そしたら、デンマーク産のチーズを見かけたから…」
「だったら、なおさらだよ。その店には、北海道やフランス産などの高級チーズもあった。見苦しいよ。もう白状してほしいな」
ジル先輩の目が、悲しげに細められた。青い目は雨水をいっぱいためた湖みたいに深い悲しみに沈んで、今にも泣きそうで――
そんな悲しげなジル先輩を見た皆藤さんは、深く頭を下げた。
「…すまないっ! クリームチーズを取ったのは僕だ…! ジルベールが遠野くんとばかりいるのに腹を立てて…『薔薇会』のみんなで食べたんだ」
榊会長が、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ立ち上がった。
「部費で買った物を盗んで食べた。君がしたことは窃盗になります。即刻、先生方に報告して会議にかけていただくべきですね」
「本当に悪かった! チーズの代金は弁償する! もう、遠野くんに嫌がらせはしない!」
「謝ってすむ問題じゃないよ! アラタがあのとき、どんな気持ちになったか…! お菓子が作れなければ、理事会や来賓の方に迷惑じゃないか! 君が茶話会を潰すところだったんだよ!」
皆藤さんはもう、謝り続けることしかできなかった。それを見ていると不憫になってきた…。
「嫉妬の上に、盗みを働くとは…。ジェントルマンを育てる聖トマス・モア学園の生徒とは思えないな。学園の恥だ」
魁副会長も、いつもとは違う冷ややかな声だ。みんな相当、怒ってる。俺もそうなんだけど、皆藤さんの様子を見ていたら怒るに怒れない…。それにチーズは無惨に捨てられたのではなく、食べられたのだから、まだ救いはある。
「で、僕たちは考えたんだけど」
ジル先輩が、皆藤さんにソファーをすすめた。皆藤さんがそれに従ってソファーに座る。
「本当なら、職員会議で処分を決めてもらうはずなんだけど。先生方には報告していない件だし、反省するというのなら条件つきで不問にしてあげてもいい」
「ほ、本当か?! 何でもする!」
もはや今の皆藤さんは、崖っぷちで垂らされたロープにすがる遭難者だ。退学とまではいかなくても、謹慎処分になるだろうから必死だ。
みんなの分のコーヒーを淹れ、ジル先輩は皆藤さんの前にもコーヒーカップを置いた。
「『薔薇会』を今日限りで解散すること」
「かい…さん…?」
さすがに、すぐに承諾はできないのだろう。ジル先輩を見上げ、皆藤さんは固まった。あと九人のメンバーに、何と告げればいいのか、そんな葛藤もあるのだろう。
「そして、僕につきまとわないで。アラタにもちょっかい出さないで。アラタは、僕にとって大切な人なんだから!」
大切な人、と言われてドキッとした。ジル先輩が、そんなふうに思ってくれたなんて…。
ジル先輩の方を見ると、また悲しそうな表情になった。
「君やほかのメンバーたちは、僕が信用できないの? 僕が選んだ友人なのに…。僕って、そんなに人を見る目が無いかな?」
それは、傷ついた目だった。いっしょにいる人を疎ましく思われた。それは、ジル先輩の選択をも否定することだ。
皆藤さんはうなだれてしまった。
「あ、あの――」
俺は思い切って声をかけた。
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