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ジルベール-09

 その日、いつものように放課後にお菓子を作って生徒会室でお茶をして、部室に戻り後片付けをした。  部室のドアを開けて外に出ると、ジル先輩が待っていてくれた。 「アラタ、いっしょに帰ろうよ。まだ雨が降ってるよ」 「はい、ありがとうございます!」  購買部では現金の持ち合わせが無くても記録をつけてもらえるから、いわゆるツケで一万円以内まで購入できる。代金は学年末までに払えばいいそうだ。デビットカードやウェブマネー、キャッシュレスでも買えるから便利なんだ。  いつもは午後七時まで開いているから部活の後で傘を買おうとしたけど、生徒会室で“今日購買部は棚卸しだから、午後四時で閉まる”と聞いて慌てた。  そしたらジル先輩が、寮までいっしょに帰ろうと言ってくれたんだ。  本降りというほどでもないけど、雨はシトシト降り続いている。 「イブじゃないけど、アラタが子猫ちゃんサイズなら、懐に入れて連れて帰りたいね」  そんな姿を想像したら、顔から火が出そうなぐらい熱くなった。 「からかわないでくださいよ、ジル先輩~」 「あははっ、さ、濡れるからこっちに寄って」  頭からレインコートをかぶり、肩を抱き寄せられた。肩の長さまである、ゆるいウェーブの金髪が頬に触れる。肌は陶器みたいに白くてなめらかそうで。ヤバい、心臓の音を聞かれてしまうかな…。 「ジル先輩って…傘は使わないんですか?」 「傘を使うこともあるよ。でも、レインコートが多いかな。何人かで歩くとき、邪魔にならないでしょ? それに、電車やバスに傘を忘れたりしないからね」  そんなふうに話をしていると、すぐに寮についた。名残惜しいけど、これ以上密着してたら俺の心臓が持たない。 「ありがとうございました、ジル先輩」  三年生棟に着いた。三年生棟が、一番手前にある。あとは一年生棟まで走って行けばいい。ジル先輩のコートから出たけど、コートを頭からかぶされた。 「それ、着て行くといいよ。明日は晴れだから、明日持ってきてくれたら、それでいいから」 「えっ…でも…」 「遠慮しないで。アラタが濡れて帰っちゃったら、そっちの方が困るよ」  ウィンクをして、ジル先輩は寮の中に入った。  黒いレインコート。かっこいいなあ…。袖を通してみたけど、少し長い。裾だって、俺が着れば長いガウンみたいだ。ジル先輩、俺より十センチは高そうだから…。 ……なんだかこうしてると…。  ジル先輩に抱きしめられてるみたい?! 「ひゃあっ」  変な妄想して恥ずかしくなってしまい、寮まで走って帰った。  部屋に戻ってからタオルでしずくを拭き取り、ネットで手入れの仕方を調べた。風呂の隣にある洗濯室で、中性洗剤とぬるま湯を使って丁寧に拭いた。  陰干しがいいとあったので、夜に雨がやんでからベランダに干した。 「おっ、そのレインコート、かっこいいな~」  ベランダに首をニュッと突き出し、中山が干してあるレインコートを見た。 「あ、これ、ジル先輩に借りたんだ。今朝、登校途中に傘が壊れたら、たまたまジル先輩が通りかかって」 「どうりで遠野が着るにしては、かっこよすぎると思った」 「言ったな~」  なんて笑いあってたら、急に中山が真面目な顔つきになった。 「…もしかして…ジルベール先輩、遠野のことが好きだったりして…」 「なっ…! そんなわけないだろっ」 「あははははっ、お前顔真っ赤!」 …まったく、中山のやつ、からかいすぎだぞっ。  けど、本当にそうだったらいいな、なんて考えてみたり。実は好きなのはジル先輩の方ではなく、俺の方かも、なんて思ってみたり。  小さな金星が光る空の下で、俺の胸の中にも小さな恋心が灯りはじめていた。  夏休みが近づいてきた。部活をしていない人は遊びに行く予定で浮き足立っていて、部活をしている人は夏の大会やコンクールなどに気合いを入れる。食堂では、そんな会話が多い。 「俺さ、八月に実家に帰ったら、カレー作ってもらうんだ」  美術部の中山は、八月の十日まで部活があるから、しばらく学園に残るそうだ。 「カレーかあ…。俺も久しぶりに食べたいな」  食堂の料理はおいしいけど、進学クラスがセレブなお坊ちゃまだらけだからか、フランス料理だのイタリア料理だの、高級な料理が多い。和食でも、懐石料理みたいなのが出る。  めったに食べられないものだから嬉しいけど、たまには家庭で普通に食べるものが欲しくなる。 「カレーもいいし、鶏の唐揚げとかもいいな」 「いいよな~食べたいよな」  夏休みはウキウキする。でも、生徒会のみなさんに会えないのは寂しい。ジル先輩にも――そこでどうしてジル先輩が出てきたのか不思議だけど。  笑顔がキラキラしてて、天使みたいな人。外国の肖像画みたいにきれいで頭もいいのに、ちっともひけらかすことはしなくて。 「コマン・サヴァ? アラタ、中山クン」  ジル先輩のことを考えてたら、本当にジル先輩が現れて驚いた。俺たちが挨拶すると、ジル先輩は俺の隣に座った。 「あれ? ジル先輩、食事は?」 「もう済んだよ。君たちの顔が見えたから、押しかけただけ」  と、クスクス笑いながらテーブルに頬杖をつく。この屈託のない笑みが、天使だなあ。 「ところで二人とも、もうすぐ夏休みだよ。楽しみだね」 「はい、俺は八月十日まで美術部がありますから、それまで残ります。その後は実家で――それ以降予定は無いんですが」 「美術部の秋は文化祭やコンクールがあるし、忙しいけど頑張ってね。うちの美術部はグレードが高い作品ばかりだし、文化祭が楽しみなんだ」 「はい、ありがとうございます」 “アラタは?”と、青い瞳がこちらに向けられた。 「俺は授業が終わったら、すぐに帰ります。お盆まで予定無しなんですが、お盆は田舎のおじいちゃんちに行って、それ以外は中学時代の友達と、プール行ったりとか」 「僕ね、八月十日から家族とフランスとギリシャに行くんだ。それまでは実家」  もうすぐ始まる夏休みに、ジル先輩もワクワクしている。この楽しそうな笑顔が見られるのは、夏休みが明けてからになるんだな…。  けど、まさかジル先輩からお誘いが来るなんて、このときには思ってもみなかったんだ。

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